第226話 逃走

 左手に持っている松明を強く握りしめながら、暗くて長い廊下を、カリオスは走っていた。


 出来る限り東へと向かおうと思っていた彼らだったが、そんなに容易く済む話では無かったようだ。


 息を切らしながらも背後を盗み見たカリオスは、追いすがって来る大量の光を見て、歯を食いしばる。


「うお! そっちからも来やがった! 二人とも! こっちだ!」


 先陣を切って走っているオルタが、前方に追手の姿を確認したのだろう。


 近くにあった扉を躊躇することなく開け放つと、部屋の中へと入って行く。


 それに続くように、タシェルが中へと入り、その後をカリオスは追った。


 部屋はそれほど広いわけでは無く、入って来た扉以外に出入口は無い。


 しかし、長い年月によって崩れてしまったのか、壁と床を抉るように、大きな穴が開いている。


 その穴から外の様子を見降ろしたカリオスは、その深さに背筋が震えた。


「この穴から下の部屋に行こう! 俺が先に行って受け止めるぜ!」


 オルタがそう言ったのと同時に、カリオスは扉に近づく大勢の足音を耳にする。


『もう来たのか! 仕方ない』


 オルタが穴へと飛び降りていくのを確認した彼は、10回、籠手をスライドさせてエネルギーを溜めると、扉へと狙いを定めた。


 迫り来る足音と松明の灯りに集中しながら、カリオスはタイミングを伺う。


 ほんの数秒。


 待った後に、扉からなだれ込もうとしてくる鼠人達に向けて、拳を握り込む。


 放たれた強風は、鼠人達を悉く吹き飛ばし、部屋の外へと押し出した。


 そんな様子をのんびりと確認することなく、カリオスは、踵を返して穴を飛び降りる。


 既に飛び降りていたオルタとタシェルは、扉から廊下の様子を伺いながらカリオスを待っていた。


「行くぞ!」


 カリオスと視線が合うと同時に、オルタがそう呟き、勢いよく廊下へと飛び出し、右へと駆け出した。


 置いて行かれないように、走り出すタシェルとカリオスは、廊下に出たオルタの後を追う。


 一瞬、東に向かうなら左だろ! と思ったカリオスだったが、廊下に出て左を確認した瞬間、オルタの判断に従った。


 廊下の東の先に、大量の灯りを見て取れたのだ。


 それはまるで、集落でもあるかのような明るさを放っており、この状況で向かうべきではないだろう。


 そのまま西へと向けて走っていた彼らは、再びオルタの声で部屋の中へと入ることになる。


「またか! こっちだ!」


 突然現れた追手の姿を前方に確認したオルタが、近くの扉をこじ開ける。


 先程と同じようにして部屋へと入ったカリオスは、他に出口が無いことを確認すると、急いで入って来た扉を閉めた。


「シルフィ! 扉を押さえてて! 二人とも、今の内に何か逃げ出す方法を考えよう!」


「壁をぶち抜くか!? 俺なら、出来ると思うぜ!」


「それじゃあ、音がすごくて先回りされちゃうかも! ……ちょっと待って、それだったら!」


 タシェルとオルタが話しているのを聞きながら、カリオスは部屋の様子を見渡した。


 かなり年月が経っているせいだろう。家具だったと思われる残骸が床に散らばっている。


 それ以外にある物と言えば、風化している器やガラスで出来た入れ物など、使えそうなものは無いように思えた。


 と、部屋の隅へと目を向けた彼は、何か箱のような物が転がっていることに気が付く。


 思わず駆け寄って松明で照らしてみた彼は、その箱だけ、風化することなく原型をとどめていることに気が付いた。


 彼は片手で何とか持てるその箱を拾い上げると、埃を払いのけ、開けようと試みたが、失敗に終わった。


 仕方なく箱を回転させてくまなく調べてみる。


『なんだ? どうしてこれだけ、朽ちてない?』


 そう思ったのも束の間、彼は箱の底に掛かれている文字を読み取り、息を呑んでしまう。


「カリオス! どうした? 何かいい手があったのか?」


 思わず考え込んでしまいそうになったカリオスは、焦りの滲んだオルタの声を聞き、首を横に振った。


「なんだその箱? 開かねぇのか? って、今はそんな事言ってる場合じゃないぜ! タシェル、本当に音は消せるんだよな? だったら、今から俺が壁をぶち抜いて道を作るからよ! カリオス! 後ろは任せたぜ?」


 既に部屋の外にいる鼠人達が、扉を叩きながら大声を上げている。


 そんな扉へと近付いたカリオスは、右腕の籠手にエネルギーを溜め、狙いを定める。


 タシェルもまた、そんなカリオスとオルタの様子を見て一度だけ頷くと、声を上げた。


「シルフィ! お願い!」


 その声とともに、閉ざされていた扉が勢いよく開く。


 同時に、オルタが壁へと向けて走りし、無音のまま、壁に穴が開いた。


 なだれ込んでくる鼠人に向けて拳を握り込んだカリオスは、すぐさま籠手にエネルギーを溜め始めた。


 壁に空いた穴をくぐりながら、一瞬、背後に向けて籠手を握り込む。


 ドタバタと何かが倒れる音と、走り込んでくる足音。


 それらの音は近付くにつれて、少しずつ音量が下がっていることに彼は気が付いた。


 そんなことを考えながらも、小脇に抱えた箱を落とさないように走る。


 先を進むオルタは、5枚もの壁に穴を開けて駆け抜けると、6つ目の部屋から廊下へと飛び出した。


 その跡を追って、カリオスとタシェルは廊下へと飛び出す。


 そろそろ体力が限界に近いと感じた矢先、カリオスは背後の様子を見て嫌な予感を覚える。


 先程まであれほどに追いかけて来ていた鼠人達が、まるで諦めたかのように、立ち止まってこちらを眺めているのだ。


『諦めた?』


 一瞬、そんなことを考えたカリオスは、小さな違和感を覚え、少し前のことを思いだした。


 そもそも、鼠人達の目的は何なのか。


 なぜ、カリオス達を捕まえようとするのか。


 捕まった先で、どこに連れていかれるのか。


 そして、西に居た、巨大な蛇。


 そこまで考えた時、カリオスは一つの可能性に気が付き、戦慄した。


 すぐさま足を止めた彼は、しゃがみ込むと、床に向かって拳を握り込む。


 途端に、振動が廊下中に響き渡る。


 狙い通り、振動に気づいたオルタとタシェルは、カリオスと鼠人達の様子を見て立ち止った。


 すぐにカリオスの元へと歩み寄ってきた二人は、廊下の先でこちらを傍観している鼠人達の事を見ながら、口々に告げる。


「なんだ? あいつら諦めたのか?」


「にしては、ずっとこっちを見てるけど」


 急いで気づいたことを報せようと、彼が箱と松明を置き、メモを取り出そうとした時。


 建物全体に響くような衝撃が、彼らを襲ったのだった。

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