第209話 離別
両腕を後ろに固定され、猿轡を噛まされたオルタ達は、鼠人間達に取り囲まれた状態で、真っ暗闇の中を歩いていた。
驚くことに、鼠人間達は松明などの照明を必要としないらしい。
オルタにしてみれば、自分が歩いている先にきちんと足場があるのか、探り探り歩く他に無い。
それはカリオスやタシェル、そしてクリスも同じようで、前の方から三人がどつかれたり、速く歩くように促されている声が時々聞こえる。
『どこに連れて行かれるんだ?』
見えないながらに周囲を見渡しながら、オルタは考える。
休憩していた広場から東に延びている道を進んでいることは分かるのだが、そこから先は見たことの無い場所だ。
たまに階段を上っていることだけは分かるので、目的地は上の方にあるのだろう。
そう考え、上の方へと目を向けたオルタは、後頭部を強く殴られた。
背後で鼠人間が何か言っている。
あまりキョロキョロするなと言う意味だろう。
『くそっ……こいつらは何なんだ?』
ノルディスやマーカスは、この坑道に人が住んでいるとは言っていなかった。
もし二人が、ここに住んでいる人々のことを知っていたならば、教えてくれても良い筈なのだが。
『……そんな事考えてる場合じゃねぇよな。ミノーラもいねぇし……もしかして、もう捕まってるのか?』
闇に紛れることが出来るミノーラなら、この場所で襲われるようなことは無いだろう。
無意識のうちにそのように考えていたオルタは、しかし、その考えが甘かったと思い直していた。
理由は一つ。
鼠人間達もまた、ミノーラと同じように影の中に入ることが出来るようなのだ。
だとするなら、今オルタ達を連行している十数人以外にも、影の中に潜んでいる可能性が十分にある。
それが正しいのであれば、ミノーラが奇襲をかけることが出来ない理由にもつながるだろう。
故に、オルタは派手に動くことは出来なかった。
そうして、何個目かの階段を上り終えた時、オルタはかなり遠くに小さな光を見つけた。
それは、二つの松明のようで、今まで歩いて来た壁沿いの道から、伸びている道の先にあるようだ。
そこまで来てようやく、オルタは巨大な建造物を目にすることになる。
山脈を形作っているであろう二つの壁に挟まれるように、荘厳な石造りの砦がある。
高さにして、氷壁の山脈の7割を占める高さになるのだろうか。
現在オルタ達がいる高さが、その建物の天辺とほぼ同じ位置に当たる。
幅に関しては、より壮大な規模の建物のようで、山脈に沿うように、東の方に延々と続いていた。
暗すぎて詳細は見えないが、かなり遠くの方まであるらしい。
逆に、西の方へ目を向けると、過去に何かあったのか、盛大に崩れてしまっている。
そんな建造物へと伸びた道へと足を運び始めた鼠人間達に連れられ、オルタ達は柱の間を縫って伸びている道を歩いた。
一応、手すりはあるのだが、年季が入っているのかそれほど信頼できる代物には見えない。
思わず唾を飲み込んだオルタは、無心で歩くことにした。
そうして、巨大な建造物の目の前までたどり着く。
先程見えた松明が二つ、石造りの門を囲むように壁に掛けられている。
その門を鼠人間の一人が拳で叩くと、ゆっくりと門が開かれてゆく。
石で作られている様子のその門が、上へあがって行ったかと思うと、出来上がった隙間から、眩い光が漏れ出してくる。
オルタ達が突然の光に目を瞬いていると、鼠人間達が背中を小突いて来る。
仕方なく足を踏み出したオルタは、門の中へと入り、唖然とした。
松明の光に照らされたその建造物の中には、見たことの無い生物が、大量にいたのだ。
鼠人間だけではない、ありとあらゆる生物と人間が混ざったような、不思議な生物が、いたるところに居る。
かつては小さな広場だったのだろうか、噴水や花壇のようなもののあるその場所で、その生物たちは様々な事をしている。
しかし、それは到底、人間の行動とは思えないものだった。
息絶えてしまっている者の死体を貪っている者。
怒声を上げながら、殺し合いをしている者。
噴水や壁の上にのぼり、何やら叫んでいる者。
服を着ておらず、お互いに毛づくろいをしている者。
そんな彼らの中には、門から入って来たオルタ達を凝視してくる者もいるが、全く興味を示さない者もいる。
『なんなんだ? ここは……』
その光景を目にしたオルタは、急激に不安が込み上げて来るのを感じた。
目の前にいる生き物たちの手に、自分たちの命が握られているという恐怖。
とても理性という物を感じさせないその様子をみて、不安を抱くのは至極真っ当な感情なのではないだろうか。
オルタがそんなことを考えていると、周囲に甲高い声が響き渡った。
オルタ達のことを凝視していた内の一人が、急に奇声を上げ始め、駆け寄って来たのだ。
猿のような姿をしているその男は、両腕を振り回しながら一直線に駆けて来る。
その男を鼠人間の内の一人が牽制するが、男が威嚇を止めることは無い。
最悪なことに、事態はさらに悪化した。
威嚇を止めない猿の男に釣られたのか、その広場にいた他の男たちも、急に殺気立ち、威嚇を始めたのだ。
一気に広場中が騒然とする中、オルタがどうするべきかと考え始めたその時、鼠人間の一人が小さなため息を吐きながら、広場の中心に向かって歩き始めた。
何をするつもりなのかとその姿を目で追ったオルタは、驚愕する。
『クリスっ! やめろ! 離せ!』
広場の中心に向かって歩く鼠人間の男は、必死に逃げようと暴れているクリスを連れていたのだ。
その様子を見たオルタは、すぐにでも拘束を解いてクリスの元へと駆けようとするが、大量の鼠人間達に刃を突き付けられる。
いっそのこと傷を受けてでも助けに行こうと心を決めかけた時、オルタは視界の端でタシェルの様子を捉えた。
鼠人間の男が、彼女の首筋に剣の切っ先をあてがっている。
その男は長くて細い舌でタシェルの首を舐めたかと思うと、オルタに視線を合わせてきた。
『ぐっ……』
涙をこぼしながら耐えているタシェルのことを見ているしかないオルタは、歯を食いしばりながら憤った。
『くそっ! くそっ! くそっ!』
そのまま耐えるしかないオルタは、広場の真ん中で暴れているクリスに目を向ける。
両手の自由が利かないクリスは、広場の真ん中へと連れていかれると、鼠人間の男によって放り投げられる。
地面に打ち付けられてもがいているクリスを置いて、こちらへと引き返してきた鼠人間の男は、軽く手で合図をすると、オルタ達に先に進むように促してくる。
クリスをこのまま置いて行ける筈が無い。
そう考えたオルタだったが、クリスの姿を探そうと広場へと目を向けるが、既に姿が見えなくなっている。
大量の男たちがクリスに群がっているのだ。
これから、彼の身に何が起きるのか。考えるだけでもおぞましい。
しかし、結局のところ、オルタは何をすることもできないままに、唸り声を上げながら暗い階段を降りていくしか出来ないのだった。
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