第208話 旧鼠
カリオスの焚いた火の傍で、暖を取り戻したオルタ達は、入口付近でしばらく休憩することにした。
勿論、タシェルとクリスの体力を回復するためである。
静かな寝息を立てている二人を眺めながら、オルタは硬い干し肉を咥えた。
彼が噛めば噛むほど、香ばしく広がる味を楽しんでいると、ミノーラが傍に寄り添ってくる。
ゆらゆらと揺れる灯りに照らされている彼女の姿は、どこか不気味に見えてしまう。
「オルタさん、さっきからずっと、何かを引きずるような音が聞こえませんか?」
「ん? 引きずる音? いや、そんな音は聞えねぇぞ」
ミノーラの言葉を受け、顎を休めたオルタは耳を澄ましてみるが、それらしい音を聞き取ることは出来なかった。
「カリオスさんも聞こえませんか? ずっと下の方から聞こえるんですけど……」
話しを振られたカリオスも耳を澄ましたみたいだが、特に何も聞こえなかったのか、首を横に振っている。
「一応注意しておこうぜ、ミノーラの耳は頼りになるからな。それに、ここには何があるか分からねぇしよ」
そう言いながら、オルタは自身の背後へと目を向けた。
何があるか分からないとは、まさにこの場所そのもののことだとオルタは思った。
かつてここに街があったのだとするならば、どれほど発展していたのだろうか。
少なくとも、簡単につっくれるようなものでは無いだろう。
天井を支えている大量の柱や精巧な作りの手すり、そして、入口の扉などを見れば明らかである。
「それにしても深いですよね。落ちないように気を付けなくちゃです」
「だな。取り敢えずこの先、東に向かうんだよな? ってことは、そっちの道を進む感じか?」
オルタはカリオスに視線を向けながら、広場の端から伸びている一本の道を指差した。
この広場からは全部で三本の道が伸びている。
どれもが石造りの頑丈なもので、壁沿いに東に延びている道と、反対に西に延びている道、そして、扉の正面から上へと伸びている道がある。
残念ながらその全てを見て回る暇は無いだろう。
少なくとも、西に延びている道に関しては、少し進んだところで崩れてしまっているのを確認している。
オルタの言葉を聞いたカリオスは一度東に延びている道へと目を向けると、一つ頷く。
「それじゃあ、私は少し先の方まで様子を見てきますね。二人はここでもう少し休んでいてください」
「一人で大丈夫か? 俺も着いて行った方が……」
「大丈夫です。ここは真っ暗なので、むしろ、私一人で行った方が良いと思います。オルタさんは、タシェルとクリス君を守ってあげてください」
「それもそうか……なにかあれば、すぐに戻って来いよ」
「はい! じゃあ、行ってきますね」
そう告げたミノーラは、焚火から少し離れると、すぐさま影の中へと姿を消してしまった。
消えてしまったミノーラを探すように、周囲の暗闇を見渡してみたオルタだったが、既に彼女の気配は無くなっている。
それを確認した彼は、焚火の傍に並んでいるクラミウム鉱石をポーチに直し始めていたカリオスに声を掛けた。
「なぁカリオス。ちょっと良いか?」
視界の端でタシェルとクリスが眠っていることを確認しながら、オルタは問いかけた。
それに対してカリオスは、手を休めることは無かったものの、軽く頷いて見せる。
「今こんなことを言うのは、違うと思うんだけどよ……何か悩んでねぇか?」
オルタが投げ掛けた言葉に対して、カリオスは少しだけ眉をひそめた。
そして、否定するように首を横に振る。
「そうか? そうならいいんだけどよ。エーシュタルの件とか色々あって、なんか悩んでるように見えたからなぁ。……まぁ、何かあれば俺に言ってくれ。俺って昔っからバカだからよ、話を聞くくらいしか出来ねぇがな」
「……」
少しおどけて見せるオルタの姿を見て、何かを思ったのか、カリオスがメモを取り出した。
書き終えたメモを受け取ったオルタは、焚火の光で文字を照らしながら、読み始める。
「『簡単に命をくれてやるつもりは無いから、安心しろ。それに、オルタはバカなんかじゃないと思うぞ? 少なくとも、俺よりしっかりしてるはずだ』……何言ってんだ? カリオスの方が頭が良いじゃねぇか。俺が自慢できるのは、体力くらいだぜ? ……だからよ、もし俺に何かあった時は、守ってやってくれねぇか?」
告げながら、オルタはタシェルへと目を向けた。
揺れる灯りの中で、未だ寝息を立てている彼女の姿は、どこか幻想的だ。
そんなオルタの様子を見て、カリオスが一つため息を吐いた時、東へ延びる道の方からなにやら音が響いてきた。
カン
という、乾いた音。
短く響き渡ったその音が、辺り一面に響き渡る。
当然、音のした方へ目を向けたオルタとカリオスは、彼らのいる広場へと近付いて来る一人の人影を目にした。
背丈はそれほど高いわけではなく、着ている衣服は遠目から見てもズタボロだ。
四肢はかなりやせ細っていて、短い。到底、腕が立つようには見えない。
そんな人影は、焚火の灯りが届く境界付近まで接近すると、完全に足を止めた。
その人影を凝視しながら、オルタはゆっくりと立ち上がり身構える。
確認できるのは一人だけ。
もし襲われたとしても、何とかなるだろう。
それよりも、彼は別のことを気にしていた。
『ミノーラはどうした? どうして戻ってこないんだ?』
視界の端で、カリオスが焚火の傍で眠っているタシェル達を揺り起こしている。
目を覚ました彼女達も、すぐに状況を把握したのか、沈黙を守っていた。
そこでようやく、オルタはその人影に声を掛けてみることにした。
「何者だ!? どうしてこんなところにいる?」
しかし、その人影から返事が返ってくることは無く、ただじっと、オルタ達の様子を観察しているようだった。
「おい! 聞こえてねぇのか?」
反応が無いことに若干の憤りを覚えたオルタが、少し声量を上げた時、広場に大きな音が響き渡った。
咄嗟に音の方を見たオルタは、薄闇の中に一つの変化を見つけ、驚愕する。
彼らが入って来た時に開けた扉が、完全に閉じられているのだ。
オルタの力ではびくともしなかった扉が、勝手に閉まるわけがない。
そこまで考えたオルタは、新たに現れた異変に気が付き、背筋が凍るのを感じた。
オルタ達を取り囲むように、大勢の人影が床や壁、天井から姿を現したのだ。
まるで、ミノーラのように。
動揺を隠せないオルタ達が警戒しながら身構えている時、一番初めに現れた人影が一歩を踏み出してくる。
その姿をみたオルタは、完全に意表を突かれた。
人間と思っていたその人影は、似て非なる物だったのだ。
尻のあたりから伸びている細くて長い尻尾と、後ろに倒れている尖った耳、異様に大きな瞳と主張の強い前歯。
まるで、鼠と人間が合体したような風貌の人影は、数歩近づいて来ると、なにやら声をだした。
しかし、その声をオルタ達が理解することは出来ない。
一瞬沈黙が訪れた後、再びその鼠人間が声を上げる。
それが合図だったかのように、周囲の人影たちも声を上げ始めた。
「何? どういう事?」
「なんなんこいつら! オルタ! はよ逃げよう!」
タシェルとクリスが怯えたようにしがみついてくる。
かくいうオルタも、今すぐに逃げ出したいと考えていたものの、それは難しそうだと悟っていた。
鼠人間たちは、全員が武器を携えており、そのすべての狙いがオルタ達へと向けられている。
オルタ一人であれば、強引に逃げることが出来たかもしれないが、今はそのような状況ではない。
ジリジリと包囲網を詰められたオルタ達は、そのまま捕まってしまうのだった。
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