第202話 心地

「で、結局どうしたら良いニャンか?」


 ポーの反応を華麗にスルーしたパッズが、そう呟いた。


 それに気を悪くしたのか、ポーは少しムッとした表情を見せる。


「とりあえず、タシェルが何に嫉妬してるのか調べる必要があるニャンよ」


「調べるって、二人は何をしようとしているんですか?」


 そこでようやく、二人の会話に割り込んだミノーラは、パッズとポーの顔を伺う。


 対する二人は、お互いに顔を見合わせたかと思うと、笑顔を浮かべて何かを応えようとした時、ミノーラは丸太の上からこちらを見下ろしている存在に気が付いた。


「あ……」


 完全に目が合ってしまったミノーラは、思わず言葉を溢してしまう。


 そのまま飛び去ってゆくシルフィの後ろ姿を見送ったミノーラは、急いでその場を離れようとしたが、既に遅かった。


「ミノーラ? こんなところで何をしているの?」


 笑みを浮かべてはいるものの、どこか気迫のような物を漂わせているタシェルが、丸太の奥から顔を覗かせる。


 その奥からは、申し訳なさそうにオルタが姿を現した。


「えっと、二人を探しに来たんですが、何やら話してたので、終わるのを待ってました」


「そっか……ところで、その子達は?」


「おいらはパッズ!」


「あたいはポー!」


「私もさっき知り合ったばかりなので、詳しくは知らないんですけど、ここで一緒に話をしてたんです。それより、タシェル、早く戻って休憩しませんか?」


 何とか話を戻そうと提案したミノーラは、タシェルの雰囲気が元に戻って行くことを感じ、安堵した。


 それはどうやらオルタも同じだったようで、タシェルの後ろで胸を撫でおろしている。


「そうね、確かに疲れたし。戻ろうか」


 そうして歩き出したタシェルを案内するために、ミノーラは彼女の横を付いて歩く。


 背後で誰かが駆けていく音を耳にしたミノーラは、それらがパッズとポーであることを認識しつつ、タシェルに話しかける。


「それにしても、ここは景色が綺麗ですよね」


「うん。確かに。凄く遠くまで見えるし、綺麗だよね」


「そういえば、防寒着はここで揃えるって話でしたけど、どうしてエーシュタルじゃ駄目だったんですか?」


「私もあんまり詳しく知ってるわけじゃないけどね。この村を過ぎた先は、本当に寒さが厳しいらしいの。その寒さを凌げる服は、エーシュタルじゃ売ってないんだって。ノルディス長官が言ってたから、間違いないと思う」


「そうなんですね。そんなに寒い場所は、私始めていくかもです」


「多分ミノーラだけじゃないと思うよ。そもそも、私もこんなに高い場所に来たのは初めてだし、寒い場所も行ったことは無いから」


「そうなんですね」


 そんな会話を交わしているうちに家へと辿り着いた二人は、ゾロゾロと中へと入る。


「遅かったやん! なんばしよったと?」


 今でくつろいでいたクリスがタシェルとミノーラ、そして後から入って来たオルタの姿を見て声を掛けてきた。


「少し景色を見てたの。……ごめんなさい、ちょっと疲れたから、少し休むね」


 そう告げたタシェルは、一人で二階への階段を上がり始めると、早々に部屋へと入って行ってしまった。


 当然、取り残された面々の間に、冷たい沈黙が舞い降りる。


 そんな沈黙を破ったのは、若干困惑した様子のクリスだった。


「……どうしたん? なんかあったと?」


 彼の視線は、自然とオルタへと向けられている。


 同様の疑問を抱いたのか、カリオスも目を細めてオルタを見始めた。


 当然、視線を受けたオルタは一瞬身構えると、ため息を吐きながら口を開く。


「……すまん。これは完全に、俺が悪い。説明しようと思ったんだけどなぁ……」


 どうやらうまい説明をすることが出来なかった様子のオルタは、おもむろに居間に置いてある荷物へ歩み寄ると、それを担いだ。


「とりあえず、荷物は部屋に上げとくぜ? ここに置いておくのも、なんだからな」


 そう言って階段を上がり始めたオルタを見送ったミノーラは、一瞬迷ったものの、今に残ることにした。


 テーブルを挟んでソファに腰かけている二人を見て、彼女はカリオスの隣に飛び乗る。


 向かいのソファでは、クリスが勝ったばかりのナイフを布で磨きながら、その輝きを眺めて居る。


 カリオスはと言うと、テーブルの上にクラミウム鉱石を並べて何やら考え事を始めていた。


 しばらく続いた沈黙に耐え切れなかったミノーラは、クリスに話しかけることにした。


「クリス君はナイフと弓を買ったんでしたっけ?」


「そうばい! 良いやろ! すっごい切れ味が良いっておっちゃんが言っとったんばい!」


 そう言いながら、クリスは持っていたナイフを掲げてみせる。


 確かに、キラキラと光るそのナイフは、非常に鋭利でよく切れそうに見て取れた。


 どうやらそれが本当に嬉しいようで、クリスは大事に抱えながらニヤニヤと笑みを浮かべている。


「俺がしっかりとクラリスを助けに行かないかんけん。……ちょっと素振りでもして来ようかな」


「危なくないですか?」


「大丈夫たい! もう誘拐されたりせんけん!」


 自信満々にそう告げるクリスを見て、ミノーラは少し考えた後に告げる。


「それじゃあ、私も一緒に行きます! なんだか、体を動かしたい気分なので」


「おっ! 良いな! 行くばい!」


 先程までの雰囲気はどこに行ったのかと言わんばかりに、表情を明るくしたクリスが玄関へと駆ける。


 ミノーラも急いで着いて行こうと思った時、不意にカリオスに制止された。


「どうかしましたか?」


 何事かとカリオスの顔を覗き込んだミノーラは、一枚のメモを差し出されたことに気が付く。


 テーブルの上に広げられたそのメモを、ミノーラは読み上げることにした。。


「『ミノーラ、自分以外の物とかを影の中に持ち込むことは出来るのか?』……はい! できますよ! 獲った獲物を運ぶときに、良く使います! それがなにか?」


 問い返したミノーラの言葉を聞いたカリオスは、ゆっくりと首を横に振ったのだった。

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