第201話 肉球

 ミノーラの目の前に現れたのは、幼い猫人族の少年と少女だった。


 屋根の上から飛び降りてきた二人は、そのしなやかな動きで着地を決めると、頭の上の耳をピクピクと動かしながら、ミノーラの様子を伺っている。


 そんな二人の様子を伺ったミノーラは、取り敢えず名前を尋ねることにした。


「私はミノーラって言います。二人は何てお名前ですか?」


「おいらの名前はパッズっていうニャンよ!」


「あたいはポー!……ニャンよ!」


 元気よく答えて見せた二人は、全く躊躇いを見せることなく、ミノーラの傍へと歩み寄ってきた。


「ミノーラって、もしかしてサラ姉と同じニャンか?」


「パッズったら、サラ姉でも猫の姿の時は話せないニャンよ! だから、ミノーラは……えっと……もっとすごいニャンよ!」


 無邪気に笑顔を振りまきながら告げるパッズとポーは、ひとしきり笑ったかと思うと、ミノーラの背後を見て慌てて逃げ出していった。


「こら! パッズ! ポー! お客さんに失礼でしょ! ミノーラ、すまない。二人は何か失礼な事を言わなかったか?」


「いいえ、大丈夫ですよ。二人ともすごく元気ですね」


 声を掛けてきたサラに目をやりながら、ミノーラはそう呟く。


 その呟きを聞いたのか、サラは一つため息を吐くと、目で二人のことを追いながら告げた。


「……元気すぎると言うか、ヤンチャと言うか。まぁ、見ていて飽きないな」


「サラの子供なのか?」


 遅れて歩いて来たオルタが、サラに向かって問いかけた。


 それを聞いた彼女は、小さく笑いながら短く答える。


「いいや、私に子供はいないよ。旦那もいない。さぁ、そんなことよりも、早く行くよ。ここまで大変だったんだ。荷物くらいは早く降ろしたいだろう」


 サラはちらりとオルタの方へと目を向けると、スタスタと歩き始めた。


 確かに、いつまでもオルタに大きな荷物を背負わせておくのは申し訳ない。


 皆がそう感じたのか、ミノーラ達は黙々とサラの後をついて歩いた。


 村にはパッズやポーの他にも猫人族の人々が暮らしているようで、チラチラとミノーラ達へと視線を飛ばしてきている。


 その視線も当然なのだろう、目に入ってくる人々の中に猫人族以外は見当たらなかった。


 その状況にどことなく居心地の悪さを覚えながら歩いていると、ミノーラ達は一件の建物に案内された。


 他の建物に比べて、いささかボロが目立ってはいるが、一晩くらいなら問題は無いように見える。


「すまない。この村にはあまり客は来ないもので。空き家くらいしか用意できなかった」


 そう言いながら玄関を入ったサラに誘導されて、ミノーラ達も中へと入る。


 内装は外装ほどボロボロにはなっていないようなので、意外と手入れはされているのかもしれない。


 入ってすぐ左手の居間にオルタが荷物を降ろすと、他の皆も居間にある椅子などに腰を下ろし始めた。


「だぁ~……ようやく座れたぜ。……タシェルはどこに行っちまったんだろうな? ちょっと俺、探してくるぜ」


 床に座り込んで一息ついたオルタは、そのような事を言ったかと思うと立ち上がり、玄関から外へと出て行った。


 未だに鱗を纏っているその後ろ姿を見送った後、ミノーラも腰を上げる。


「私も、タシェルを探してきますね。もうなんとなく場所は分かってますし」


 軽く頷きながら椅子の背もたれに寄り掛かっていいるカリオスを見て、ミノーラは玄関へと向かった。


 取っ手に前足を掛けて扉を開き、外へと踏み出す。


 そうして匂いを頼りにタシェルとオルタを探し始めたミノーラは、すぐに二人の居場所を見つけ出す。


 今しがた案内された空き家より村の奥の方、崖っぷちにあたる場所に、二人はいた。


 落下防止のための柵の前で、なにやら話をしているようだ。


 その会話に入ろうと歩き始めたミノーラは、その手前にいる二人の姿に気が付き、思わず声を掛けずにいられなかった。


「盗み聞きですか?」


「しっ! おいら達は今、大事な話を聞いてるニャンよ」


「そうニャンよ! ミノーラも早く、あたいたちのところで聞くニャンよ」


 積み上げられた丸太の影からコソコソとオルタ達の様子を伺っているパッズとポーに促されたミノーラは、少し身を屈めながら二人の隣に近寄った。


「二人とも、こんなこと良くないですよ?」


 そう言ってみたミノーラだったが、次の瞬間、耳に入って来たタシェルの言葉を聞いて、思わず聞き耳を立てずにいはいられなかった。


「私、ずっと黙ってたんですけど。試合中、サラさんが吹き飛ばされた後、オルタさんがすごく動揺してたように見えて……何があったんですか?」


「っ!? ……えっと、あれはだな……」


「そのあと、サラさんに対してカッコいい事言ってましたよね。いえ、まぁ、試合なので仕方がないってのは分かるんですけど……」


「……」


「別に、オルタさんが誰と仲良くなっても、何の問題も無いんですが……」


「ちょっと待ってくれ、タシェル。違うんだ。あれは何と言うか、不可抗力と言うか、勢い余ってと言うか」


「勢い余って? 何ですか?」


 崖下の絶景を背景に、二人は問答を繰り返している。


 話せば話すほどにオルタが劣勢になっているように感じたミノーラは、どうしたものかと考える。


 聞くに、タシェルは試合中の一場面を見て、何か思うところがあったようだ。


 ミノーラがそんなことを考えていると、すぐ傍でパッズとポーが話し始める。


「何の話をしてるのかさっぱり分からんニャンよ」


 パッズがそう呟くと、ポーが一つため息を吐いた。


「これだから、パッズはダメニャンよ」


「どういう意味ニャンか!? ポーは今ので何か分かったニャンか?」


「当たり前ニャンよ? タシェルは嫉妬してるニャンね」


 そこまで聞いたミノーラは、分かったと告げるポーに対して問いかけてみた。


「ポーはどうして分かるんですか? タシェルと同じように嫉妬したことがあるから?」


 その問いを聞いた途端、ポーは少し頬を赤らめながら、少し上ずった声で応えたのだった。


「な、ないニャンよ? あたいは嫉妬したことなんて、ないニャンよ!」

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