第6章 狼と古の覇者
第200話 相談
エーシュタルを出発してから三日後、ミノーラ達は猫人族の村へと辿り着いていた。
北の山脈、通称『氷壁の山脈』の中腹にあるその村は、断崖絶壁の上に形作られている。
そんな村の入口で待機しているミノーラは、姿勢を低く保ちながら崖下を覗き込んだ。
遥か下の方には、昨日まで通って来ていた山道や木々が見え、その遥か南には広大な平原が横たわっている。
心なしか、崖に沿って吹き抜けていく風が強く感じたミノーラは、ゆっくりと後ずさりした。
隣で同じように崖下を覗き込んでいるクリスが、大きな唾を飲み込んだ音を、ミノーラは耳にする。
「たっけぇ……オルタでも、ここから落ちたらヤバい?」
「当たり前だろ!?」
クリスの問いに声を荒げながら応えたオルタは、崖から離れた岩壁に背中を預けている。
預けているというよりは、押し付けていると言った方が良いだろうか。
「オルタさん、大丈夫ですか?」
高いところが苦手な様子のオルタに対して、タシェルが心配そうに声を掛けている。
「あ、あぁ、大丈夫だぜ? 少しだけ、高いところが苦手なだけだ。気にするな」
「確かに、この高さはちょっと怖いですよね。でも、見てください! 景色は凄く綺麗ですよ? あれ? あれってもしかして、ボルン・テールかな?」
オルタの傍で頷きながら景色を見渡したタシェルが、西の方を指差しながら声を上げた。
その言葉に釣られたミノーラは、タシェルの指差している方へと目を向ける。
確かに、平原の西の端、そのまた先に複数の煙突から煙を吐き出している巨大な街が見て取れる。
流石に距離が遠いので、それほど鮮明には見えないが、その姿は紛れもなくボルン・テールだ。
「私達って、ボルン・テールを出た後に南のマリルタを経由してるから、かなり遠くに来たと思ってたけど、直線距離で考えればそんなに遠いってわけじゃないのかもしれませんね」
タシェルはどこか感慨深げにそのような事を呟いた。
彼女の言葉を聞いていたオルタも、遠くに見えるボルン・テールを眺めているようで、そのおかげなのか、幾ばくか落ち着いているように見える。
二人して同じものを見ている姿を、どことなく羨ましいと感じたミノーラは、チラッとカリオスへと目を向ける。
オルタと同じように崖へと背中を預けているカリオスは、目を閉じた状態で何かを考え込んでいる。
そんな彼を見た後に、ミノーラはボルン・テールのさらに奥の方へと目を向けた。
緑に囲まれた、巨大な木が、そこに見える。
ボルン・テールから吐き出されている煙や雲などのせいで、若干霞んではいるものの、しっかりと目にすることが出来た。
その光景を目にしながら、ミノーラは昨日のことを思い出す。
トリーヌがカリオスを狙っていた理由。
その答えにおいて、ミノーラは未だに納得しきれていない。
もちろん、トリーヌやパトラといったミスルトゥの人々にとって、ミノーラやカリオスが恨まれてしまうのは納得できる。
しかし、恨まれるとしたら、確実にミノーラではないのだろうか。
あの時、ミノーらなりに謝罪をしたとはいえ、許されたと言えるような結果では無かった。
『カリオスさん……どうして話してくれないのかな?』
今までミノーラが見てきたカリオスは、確かに言葉の多い男と言うわけでは無かった。
しかし、いつも何かを考え、その考えを言葉にすることは辞さなかったはずなのだ。
その考えのお陰で、今までも切り抜けることが出来たことをミノーラは知っている。
そこでふと、ミノーラはとあることを思い出した。
『なるべく人が死なない方法を選ぶ……もしかしたら、カリオスさんも話さないことを選んだのかも?』
確証の無い考えを抱いたミノーラは、ぼんやりと眺めている視線をミスルトゥからボルン・テール、そしてエーシュタルへと滑らせる。
ここまで沢山の人に出会って、話を聞いて、その中で最も彼女の心を鋭く貫いたのは、イルミナかもしれない。
結局、話の決着をつけずに出発してしまったことに、若干の心残りを抱いていたミノーラは、改めて決心する。
次会った時に、気づいたことや考えたことを、全て話したい。
若干ぼやけていた視界が、徐々に鮮明になって行くことを感じながら、ミノーラは心の中で誓った。
「すまない。遅くなってしまった」
ミノーラがそのような事を考えた直後、村の入口にサラが姿を現した。
なぜ彼女がここにいるのかと言えば、ノルディス長官の命令と言うことになるのだろう。
曰く、武闘会で目覚ましい活躍を見せた闘士は、もれなく軍に勧誘されるようで、サラも当然、勧誘されたそうだ。
そして、ハルを村まで護衛すると言う名目で、ミノーラ達の道案内を命令されたらしい。
もちろん、イルミナにはバレないようにとの指示付きだ。
「今夜はこの村に泊まってくれて構わない。それと、防寒着などもここで揃えて行った方が良い」
サラはミノーラ達の姿を流し見しながらそう告げた。
「ありがとう、サラさん」
そんな返事を告げたのは、タシェルだった。
短く発されたその言葉は、どこかに小さな棘を含んでいそうな、妙な鋭さを持っている。
サラのすぐ横を通って村の中へと歩いて行く彼女の後姿を見送ったミノーラは、自然とオルタに目を向けた。
それは、他の皆も同じだったようで、全員の視線を浴びているオルタは、一つ溜息をついている。
「ほら、他の皆も行こう」
対照的に何も勘づいていない様子のサラが、カリオスとミノーラとオルタ、そしてクリスに語り掛けてくる。
その呼びかけにを聞いたミノーラは、鼻先を一度だけ舐めると、タシェルの後を追いかけた。
背後からゾロゾロと着いて来る足音を聞きながら、ミノーラは思う。
『……誰かに相談したいけど、この場合誰に相談すればいいのかな?』
カリオスか、はたまたクリスだろうか。
サラやオルタ、そしてタシェル本人に相談するのは違う気がする。
「……はぁ。何とかならないでしょうか」
ここまでの道中を思い返したミノーラが、一つため息を吐いた時、どこからか声が聞こえて来たのだった。
「お悩みがあるニャンか? その悩みはおいらに話すニャンよ! バッチリ解決しちゃうニャンよ!」
「あたいもいるニャンよぉ!」
頭上から聞こえてきたへんてこりんな声に釣られて、ミノーラは傍にある建物の屋根へと目を向ける。
声の主である二つの小さな影は、ミノーラと目が合うと同時に、屋根から飛び降りて来たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます