第203話 花籠

 玄関を出たミノーラが初めに目にしたのは、短刀を持って素振りをしているクリスの姿だった。


 彼が何度も短刀を振りまわす度に、刃が風を切る音が鳴る。


 しかし、どれもしっくりこないのか、何度も首を傾げているクリスは、ミノーラの姿を見つけると、声を掛けてきた。


「ミノーラ! どげんな感じに見える?」


「はい、良いんじゃないですか?」


 短刀とは言え、まだ体格の成長しきっていないクリスが使うのだ、遠くから見れば普通の剣を振っているように見えるだろう。


 そんな様子を伺いながら、クリスの切っ先が届かない位置まで近づいてみる。


 ミノーラの言葉に気分を良くしたのか、クリスは再び短刀で空を切りつけると、左手に持っていた鞘に刃をしまい込んでしまった。


「あれ? もう止めちゃうんですか?」


「当たり前たい。こんなもん、振り回すのは危なかよ」


 突然心変わりでもしたのだろうか、ぶっきらぼうに言ってのけるクリスを前に、ミノーラは唖然とするしかなかった。


 そんな様子を見兼ねたのか、クリスはその場にしゃがみ込むと、ミノーラに向けて手招きをして見せる。


 呼ばれるがままに近寄ったミノーラは、クリスが何やら話し始めたのを聞き取った。


「ミノーラ。さっきどんな話ばしよったん? どうせ、オルタとタシェルの痴話喧嘩を聞いとったんやろ?」


「痴話喧嘩……まぁ、そうでしたけど。聞いてどうするんですか?」


「ん? そんなん決まっとるやろ。何とかするったい。ってか、なんとかせんと俺らがキツイばい」


「仲直りって事ですか? でもどうやって?」


「……オルタの兄ちゃんは、メチャクチャ強くてカッコいいばってん、口は弱そうやけんね。皆で一緒に説得するばい」


 そんなことで本当に上手く行くのか、ミノーラがそう尋ねようとした時、二人の頭上から誰かが声を掛けてきた。


「そんなんじゃダメニャンよ!」


「おいらたちに妙案があるニャンよ!」


 声を聞くだけで正体が分かってしまう二人が、隣の家の屋根の上から、二人の近くへと飛び降りてくる。


 綺麗に着地を決めて見せた二人は、なにやら背中に籠を背負っている。


「パッズとポーですか。妙案って何のことですか?」


「ミノーラはあまり期待していないニャンか? 安心するニャン! おいらとポーで綺麗な花を沢山摘んできたニャンよ! これをあげれば、きっとタシェルも元気になるニャン!」


 パッズがそう言うと、二人して背中の籠を地面に置き、中身を自慢げに見せてくる。


 確かに、籠の中には色とりどりの花が詰められており、ミノーラは綺麗だと感じた。


 しかし、クリスはそうは思わないようで、籠の中を見ながらため息を吐くと、ヤレヤレと肩をすくめている。


「摘んできたのは良いっばってん、メチャクチャ折れとるばい。これじゃ綺麗な花束は作れんけん」


 クリスの言い分にムッとしたのか、パッズが眉をひそめながら言い返した。


「大丈夫ニャンよ! この籠のまま渡せばいいニャンよ!」


「大丈夫なわけなかろうもん。それに、なんなんその変な喋り方。ニャンニャンってしゃーしかね」


「ちょ、クリス君!?」


 ミノーラは思わずクリスの言葉を制止しようと声を上げたが、既にパッズとポーの耳に入っていたようで、二人はすぐさま反応を示した。


「変!? 変じゃないニャンよ! みんな可愛いって言ってくれるニャンよ!」


「そうニャンよ! お前の方が変な喋り方ニャンよ! ミノーラもそう思うニャンよ?」


 不意に話を振られたミノーラは、三人から向けられる期待の視線を浴びながら、口ごもってしまう。


『どっちも少し変とは言えない……』


 とはいえこのまま黙っている訳にもいかないと考えていた時、ミノーラは助け船が現れたことに気が付き、一つ笑みを溢す。


「こんにちは」


「ああ、こんなところで何をしているんだ?」


 何やら袋に入った荷物を担いできたサラに挨拶をすると、サラは不思議そうな目でミノーラ達を見た。


 そうして彼女は、パッズ達が採って来た籠の中の花に気が付く。


 咄嗟に逃げ出そうとするパッズとポーは、しかし、一瞬にしてサラに捕まってしまった。


 首根っこを後ろから掴まれた状態の二人が、ダラリとした脱力状態ではありながらも視線で助けを求めてくる。


「二人とも、また村の外に行ったね? まだ二人で出るのは危ないと何度言えば分かるんだ?」


「行ってないニャン!」


「行ってないニャンよ?」


 頑なに否定して見せる二人は、掴み上げられた状態で首を横に振っている。


「じゃあ、その花はどこから取って来たんだい? これだけの量、村のどこに咲いてるって言うんだ?」


「山の登り口の方に咲いてたニャンよ! でも、もうおいらたちが全部取ったから、残ってないニャン! 残念ニャンよ!」


「へぇ、そうなのか。……ミノーラ、あんた鼻は利くよね? ちょっとその籠のニオイを嗅いでもらえないか?」


「え? はい、分かりました。」


 そう言われたミノーラは、先ほどまでパッズが担いでいた籠のニオイを嗅いでみる。


「……ん。草花と獣の尿でしょうか……少しきつめの臭いがします。それほど古くはないみたいです」


「ありがとう。で、パッズ、もしさっきの話が本当なら、村の中に獣が入ったということになる。しかも、ご丁寧に用まで足していらっしゃる。そんなことがあれば、村の皆がどんな反応を示すか分かってるだろう?」


「……ごめんなさいニャンよ」


「ポー!? 何言ってるニャンか!?」


 ポーは既に観念したのか、耳をしおらしく寝かせながら謝罪の言葉を口にした。


 対するパッズは未だに諦めきれないようで、必死に頭を働かせているようだ。


 その様子を見兼ねたミノーラは、しかめ面をしているサラに向けて声を掛けた。


「サラさん。その辺で許してあげてください。二人とも、私達のために花を摘んで来てくれたみたいなんです」


 ミノーラの言葉を聞いたサラは、一つため息を吐くと、二人を地面へと降ろした。


 ようやく解放された二人は、頭をブルブルと振ったかと思うと、ミノーラに抱き着いてくる。


「で、サラは何しにきたん?」


 今までただ傍観を決め込んでいたクリスが、パッズとポーの様子を横目で見ながらサラに尋ねている。


「あぁ、皮の防寒具を持ってきた。恐らく、サイズは問題ないと思うんだが。一応確認のために試着してもらえないか? それが終われば夕食にしよう」


 そう言うと、サラは地べたに置いていた袋を持ち上げると、家へと向かって歩き始めた。


 そんな彼女の後姿を見たミノーラは、クリスと顔を見合わせる。


「夕食って何が出るんでしょうか? お肉ですかね?」


「まぁ、魚はないやろ。それより、結局何も解決しとらんけど」


 クリスの言う通り、仲直りの件については何も話が進んでいない。


 結局のところ、時間が解決してくれるのを待つしかないのだろう。


 そうして結論を放棄したミノーラは、クリスに返答しないまま、サラの後を追って家へと足を運んだ。


 しばらくして彼女は、しぶしぶついて来る三つの足音を背後で感じ取ったのだった。

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