第187話 攻防
門をくぐったオルタは、改めて自分の体を覆っている鱗を観察しながら、ノルディス長官のヒントを思い出す。
ウルハ族が得意とするのは、柔軟性。
そのシンプルな内容は、つい今しがた彼自身が体感したことを連想させた。
「喋りやすくなったってのは、つまり、鱗は意外と柔軟ってことか?」
頬を摩ったオルタは、試しに両の拳を何度も開閉してみた。
心なしか、数を重ねるごとに痛みが引き、指を動かしやすくなっている気がする。
「おぉ! だいぶ楽になって来たぞ?」
「おい、オルタ。何してる。少しは身を隠せ!」
身を屈めて周囲の様子を伺ったサラは、棒立ち状態のオルタに気が付くと、すぐに声を掛けてきた。
そんな彼女に向けて、オルタは告げる。
「あ、わりぃ」
慌てて身を屈めたオルタは、ゆっくりとサラの近くへと歩み寄る。
サラはと言うと、耳を地面に当てて、周囲の音を拾っているようだ。
「どうだ、近付いている気配はあるのか?」
「……いや、どちらも動いていない。私たちと同じように様子を見ているのか……何か準備をしているのか」
「どうする? 昨日と同じように俺が突っ込んで、撹乱してるところを狙うか? 今日の俺は、ある程度の攻撃なら弾く鱗もあるしな」
「それも良いが……待て、一組動き出した。まっすぐこちらへと突っ込んでくる」
何かを言おうとしたところで、サラの耳がピクリと反応を示した。
そんな彼女の言葉を受けたオルタは、サラの指さしている方向へと目を向ける。
少し先の方に動く人影が見える。
真っすぐこちらへと駆けて来るその影を見たオルタは、サラに視線を移すと、肩をすくめる。
「俺の出番みたいだな」
全く姿を隠すつもりのないその走りは、どう見ても突っ込んでくる気満々のようで、昨日のオルタを彷彿とさせる動き方だ。
とするならば、その対処をするべきはオルタだろう。
「頼んだ。私はもう一組の様子を確認しつつ、援護に回る」
彼女の言葉を聞いて頷いたオルタは、間髪入れずに駆け出す。
腕や脚を動かす度に、体の表面に痛みが走った。
鋭く細い痛みは、膝や肘や肩などの関節から発生し、指先や足先へと走り抜けて行く。
しかし、それなりの速度が出た頃には、その痛みは先細ってゆき、仕舞いには薄れて消えて行く。
そんなことを全身で感じていたオルタは、眼前に近付く敵の姿を目にし、速度を上げた。
鎧を身にまとったウルハ族の男が二人、全速力で突っ込んできている。
予想外の組み合わせに一瞬焦りを抱いたオルタだったが、次の瞬間には気を取り直していた。
サラを含めた四人で乱戦になってしまうのは避けなければならない。
突っ込んでくる二人が何を考えているのか分からないが、突っ込んできた以上、オルタが二人の足止めをしなければならないことは明白だ。
「くそっ! どうする!?」
自問した彼は、走りながら周囲を見渡して見たが、使えそうなものは何もない。
二人は背中に大剣を背負ってはいるが、今のところ手には持っていない。
そこまで考えたオルタは、すぐそこまで迫りつつある二人を抑えつけるために、両腕を前に突き出した。
「止まれぇぇぇぇ!」
横並びで走る二人の胸元を押さえつけようとしたオルタは、微かな違和感を覚えた後、左腕に強い衝撃を受けた。
何が起きたのか、咄嗟に状況を確認しようとしたオルタは、視界の端で自身の右腕がウルハ族の男に突き刺さっている様を確認する。
そのまま、左腕に受けた衝撃で回転したオルタは、そこでようやく、二人のウルハ族の男が全く同じ姿であることに気が付いた。
つまり、右側を走っていたウルハ族は幻覚だったということだ。
『精霊術師か!?』
地面を転がりながら心の中で叫んだオルタは、すぐさま起き上がり、体勢を整えようとした。
そんなオルタの隙を狙うように、踵を返したウルハ族の男が、追撃の拳を振りかぶっている。
咄嗟に頭部を腕でガードしたオルタは、頭上から叩き込まれた拳の衝撃で後ろに倒れ込む。
衝撃で背中に強烈な痛みが走ったオルタだったが、悶絶するわけにはいかない。
倒れ込んでしまった衝撃が失われないうちに、両足を蹴り上げ、そのまま後転する。
そこでようやく睨み合いの状況に持ち込むことが出来たオルタは、流れる冷や汗に不快感を覚えていた。
勝ち上がっているだけに、生半可な相手では無さそうだ。
目の前の男は連携の面においても、体裁きの面においても、オルタよりも優れているように思える。
ウルハ族の男は背中から大剣を取り出すと、ゆっくりと構えた。
対するオルタはいつでも動けるように身構えながら、両の掌を何度も開閉する。
「あんたの兄弟を消しちまったよ、悪いな。それにしても瓜二つだったけど、まさか、分身じゃないよな?」
オルタの言葉を聞いたウルハ族の男は、一つ失笑を溢すと、大剣を構え直しながら返答する。
「……実は双子の弟だったのさ。つまり、お前は弟の仇だ」
「……ノッて来るのかよ」
「……フッて来たんだろ」
思わず笑いだしてしまいそうになったオルタは、何とか気持ちを抑えると、目の前の男に声を掛けた。
「俺はオルタってんだ。あんたの名は?」
「サルバスだ」
そんな短いやり取りを交わした直後、互いに一歩を踏み出し、大剣と拳による激しい攻防が始まったのだった。
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