第188話 新手
サルバスの右腕で薙ぎ払われる大剣を、後ろに飛び退くことで避けたオルタは、身を屈めた。
自然と両足で踏ん張ることになった彼は、反動を利用してサルバスへと飛び掛かる。
途端、膝に鋭い痛みが走った。
まだ万全とは言えない体を無理に動かしたせいだろう。
しかし、深く考えている暇は無い。
勢いのまま伸ばした左腕でサルバスの肩を掴んだオルタは、右腕を振りかぶった。
今にもサルバスの胸元へ拳を叩き込もうとしたその時、オルタの左腕をサルバスの左腕が掴む。
瞬間的に二人の視線が交差する。
サルバスは大人しく攻撃を受けるつもりは無いようで、オルタの左腕を力一杯に握り込んでくる。
胸元を狙っていたオルタは、急遽サルバスの左腕へと狙いを切り替えることにした。
何しろ、全力で握られているのだ、鱗のお陰で痛みは左程感じないが、このままでは身動きが取れない。
「うおりゃ!」
「ぐっ!」
全力の一撃を左腕に受けたサルバスは、しかし、オルタの腕を離さない。
彼の装備している籠手が、威力を殺してしまったのだろう。
大きなダメージを与えることが出来なかったと判断したオルタは、視界の端で、振り上げられる大剣を目にする。
「今度はこっちだ!」
勢いよく振り下ろされる大剣から頭を守るために、オルタは右腕でガードした。
しかし、右腕一本で完全にガードできるわけもなく、サルバスの大剣はオルタのガードを弾き、彼の左肩に直撃する。
「……ぐっ!」
思わず漏れ出た低い唸り声と、左肩から響いて来た鈍い衝撃を自覚したオルタは、咄嗟に左肩の様子を見る。
無骨なその大剣は、切れ味のある刃物と言うよりは鈍器なのだろう。
幸いにもオルタの左肩が切り裂かれることは無く、肩を強打した後、鱗で滑ったのか地面へとめり込んでいる。
それを確認したオルタは、もう一度大剣が振り上げられる前に、サルバスの横腹に蹴りを入れた。
蹴りの衝撃で左腕が解放されたオルタは、もう一撃をサルバスの腹部に向けて蹴り込む。
反動で後ろに下がったオルタは、一息つきながら左肩を摩る。
流石に無傷と言うわけでは無い、ジンジンと感じる痛みに耐えながら、左肩を回したオルタは、改めて身構える。
対するサルバスも、腹部を抑えながらも大剣を構えている。
「……さすがは変位ってところだな。ノルディス長官と似た力か」
「サルバスも変位を知ってるのか? やっぱりこの街では有名なんだな」
「……使用者は少ない事で有名だったはずだが。まぁ、使いこなせているかは甚だ疑問だな」
その言葉を聞いたオルタは、ノルディスのやって見せた芸当を思い出す。
瞬時に鱗を出して、消して見せたあの芸当。
いつかは同じようなことが出来るようになれればと思う。
しかし、今はこのままでいい。
サルバスへの警戒は続けながら、オルタは改めて周囲に目を配る。
いつどこから敵が攻撃を仕掛けて来るか分からない。
もし、その攻撃が飛び道具で、かつ、サラと同じように何らかの仕込みがあった場合、鱗が無ければ防ぐことが出来ないだろう。
それは目の前のサルバスも同じことだ。
だからこそ防具を装備している。
そう考えれば、昨日のオルタの状態が狂気の沙汰だったことは明白だった。
そんなことを考えていると、オルタは自身の背中で何かがはじけ飛んだことに気が付く。
「ん?」
思わず背後を振り返りそうになったオルタだったが、嫌な予感を覚えたのと同時に、右へと飛び退いた。
飛び退きざまに気配を感じた方へと目を向けたオルタだったが、姿を確認することは出来なかった。
「なんだ?」
混乱しているオルタの様子を見ていたサルバスが、何か楽しい物でも見つけたかのように語り掛けてくる。
「オルタ、改めて紹介させてくれ。俺の弟だ」
何を言い出すのかと考えたオルタだったが、サルバスの言葉を聞き終える前に、自身の考えを改めた。
サルバスが指し示した方に、サルバスがもう一人現れる。
それは先程消えた幻と同じもの。
『また幻か?いや、けど、なんでこのタイミングで?けどまぁ、本物がどっちか分かれば……』
そこまで考えたオルタは、自身の目を疑う。
先程まで居たサルバスの姿が消えている。
かと思えば、何もない空間から、次々とサルバスが現れたのだ。
「なっ!?」
どれが本物か分からなくなってしまった。それと同時に、オルタは気が付く。
確実に居るであろう精霊術師が、全く姿を見せていない。
そして、突然現れたサルバスの様子から考えるに、精霊術師は、姿を消すことが出来るのだろう。
もしくは、認識できなくなる。
姿を確認できる4人のサルバスを睨み、警戒をしていたオルタは、次々と変化する状況に混乱し始めた。
「なるほどぉ。光の精霊術ですねぇ。だったら、私の力が有効そうだ」
「ちょっと、本当に突っ込んで大丈夫なの? アタシ不安なんだけど?」
のんきな口調で現れた二人の人物を、オルタは目で確認した。
とんがり帽子を被った優男と、弓を携えている幼い少女。
そんな二人がオルタとサルバスのいる方へとゆっくりと歩いて来ている。
「大丈夫ですよぉ。先程の一射で分かったでしょう? このお二人にあなたの矢は通用しません。」
「でも、だったらどうするのよ? アタシが出来るのは弓矢と短刀での接近戦くらいなんだけど? そんなのじゃ勝てる気しないんだけど?」
二人の会話を聞きながら、オルタとサルバスは視線を交わす。
そうして改めてオルタがとんがり帽子の男へと目を向けると、男がニッコリと笑みを返してきた。
そうして、オルタに向けて告げる。
「あなたのペアである子猫ちゃんは、少し離れたところで倒れてますよぉ。まだリタイアしたわけじゃないみたいですけど、あまり動ける状態ではないかもですねぇ」
「な!?」
突然の言葉に驚きを隠せなかったオルタとは対照的に、その男は楽し気に笑ったのだった。
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