第142話 決起
ミノーラとの睨み合いに負けたハイドが集落の人々を追い払ってくれたことで、カリオスはようやく頭の整理を始めることが出来た。
その際、カリオスの意向もあって、ハイドには退室してもらった。
未だに少し痛む右肩を左手でさすりながら、窓から見える青空に目をやる。
『快晴か。ていう事は、ミノーラ達は本当に嵐を止めたのか?どうやって?あー、くそ、考えることが多すぎて頭が働かねぇ。』
取り敢えずは現状を確認するために、カリオスはメモを手にし、聞きたいことを箇条書きしていく。
しかし、沈黙の中でメモを書き続ける彼の様子を、ミノーラが黙って見ているわけが無かった。
「カリオスさん!聞いてください!私、色?が見えるようになりました!空がこんなに綺麗だなんて、知らなかったです。人間っていいですよね。あ、それと、影に入ることが出来るようになったし、尻尾の周りに風を起こせるようにもなったんですよ!あ、そうだそうだ!島には言葉を話すカメさんが本当に居ました。それから、昔キュームっていう精霊と、サムっていう男の人が、島にやって来て……。」
『ちょっと待て、待ってくれ。本気で頭が破裂しちまうだろ?』
カリオスは楽し気に語り続けているミノーラに呆れを抱きながらも、しばらく眺めた。
きっと、ミノーラ達も死線を超えて来たに違いない。あれだけの嵐の中、島まで行き、嵐を止めてしまったのだから。簡単な話では無いはずだ。
それだと言うのに、彼女の言葉には強く温かい何かが、相も変わらず宿っている。
そんな安心感を覚えたカリオスは、フッと、笑みを溢してしまう。
同じことを考えていたのか、彼の笑みに釣られたのか、オルタも小さく笑みを浮かべた。
「カリオスさん?どうしたんですか?オルタさんも。なんで笑ったんですか?」
遂には、オルタに背中を撫でられているタシェルまでもが、小さく笑みを溢す。
「タシェルまで。もう、何なんですか?」
少し腑に落ちない様子のミノーラだったが、そんな彼女だからこそ、見ていて安心できるのかもしれない。
今まで通り、問題は山積みで、するべきことや後悔だけが増えていく。
しかし、それはあくまでも今まで通りなのだと。
優しく諭されている気分になってしまったカリオスは、焦って考える必要は無いかと、ペンを置いた。
「ありがとう。オルタさん。もう大丈夫です。」
鼻をすすりながら立ち上がったタシェルが、少し穏やかな表情でミノーラの傍にしゃがみ込むと、そっと、彼女の柔らかな首元に抱き着いた。
「タシェル?どうしたんですか?」
「ううん。なんでもない。大丈夫。……ありがとう。」
短くそう告げたタシェルは、ミノーラの頭をわしゃわしゃと撫でると、立ち上がり、カリオスとオルタに向かって告げる。
「少し、話しませんか?ここじゃなくて、そうだなぁ……砂浜とかどうです?」
「ああ、俺は良いぞ。カリオスも良いだろ?俺が背負ってやるからよ。」
まだ歩けそうにないと思っていたカリオスに、オルタが告げる。その言葉に一瞬、躊躇いを抱いたカリオスだったが、ふと視界に入ったミノーラの眼を見て思い直した。
カリオスが小さく頷いたのを合図に、それぞれが動き出す。
オルタの背中に抱えられたカリオスは、いつもよりも高いその景色に戸惑いながらも、改めて周囲を見渡す。
窓の外の未だに流しきれていない痕跡が、視界に入る。それらは全て、彼自身の罪なのだと、カリオスは改めて認識した。
「すまねぇな、カリオス。おめぇは一人で勝ったってのに、俺は完全に負けちまった。」
部屋を出て集会所の玄関から外に足を踏み出しながら、オルタが呟く。
少し先を行くミノーラとタシェルに視線を向けながら、カリオスは黙っていることしかできなかった。
決して、彼を責めるつもりは無い。そもそも、勝ち目の無い状況だったのだ。
その中で、カリオスが引き分けまで持っていけたのは、あくまでも運と巡り合わせが良かっただけに違いない。
間違っても、オルタが悪いわけでは無い。
これほどまでに、声に出して伝えたいと思ったのは初めてかもしれない。そんな自身の思いに気づいた彼は、一つため息を吐いた。
集落の中を抜け、海へと繋がる細道を4人で歩く。
開けた先から吹きつける風が、海の香りを。
高く青い空を映した海面が、太陽の照りを。
眩しく、そして香しく差し向けてくる。
砂浜に到着したオルタが、カリオスを地べたに下ろす。そうして、座ったカリオスと横並びになるように、3人が並んで海を眺め始める。
すぐ左で腰を下ろしているミノーラは、遠く、海と空の境界線を眺めているようだ。
カリオスの右に立っているタシェルは、足元を眺め、少しモジモジとしている。
そして、タシェルの右隣に立ち、空を見上げていたオルタが、深く息を吸い込んだかと思うと、ポツリと話し始めた。
「俺、強くならなくちゃいけねぇ。あいつらに、勝てるくらい。そして、クラリスを助けなくちゃいけねぇ。絶対だ。絶対にだ。」
拳を握り込んだオルタは、空を高く見上げたまま、黙り込んだ。
少し彼の肩が震えている様子を眺めたカリオスは、そっと目を伏せ、海を眺める。
打ち寄せる波音だけが、時間が進んでいることを示してくれた。心地良い音に耳を傾けながら、無心になっていたカリオスの耳に、タシェルの声が響いてくる。
「私。ただ知るだけで良いと思ってました。勉強して、色んなことを知れば……ハリス会長やドクターファーナスみたいになれるんだと。思ってました。でも、ダメですね。知り合っても分かり合えない事とか、知らないうちに起きてしまう事とか……私の力だけでどうにかなる事って、本当に少なくて、でも、何もしないわけにはいかないから。」
だから、どうするのか。
その言葉を待ったカリオスは、言葉が途切れてしまったことに気づき、右隣に目を向ける。
感極まって涙しているタシェルの姿を予想していたカリオスは、底知れぬ何かが込められた強い目に、視線を捕われてしまう。
「私にできること、何でもしようと思います。」
そんなタシェルの宣言を耳にしたカリオスは、感心すると同時に安心する。
なぜ、安心したのか、言葉で説明できないが、確実に彼は心に安らぎを覚えていた。
「二人とも、なんだか別人みたいですね。」
ミノーラが、どこか嬉しそうに呟く。その呟きに照れたのか、タシェルが顔を赤く染めながらオルタの肩を叩く。
「オルタさん。そろそろ落ち着いてくださいね。カリオスさん、ミノーラも。その、これからもよろしくね。……さて、じゃあ、話を戻そう。」
照れ隠しのように場を仕切り始めたタシェルが、ポツポツと島でおきた出来事を話し始めた。
海の照り返しと潮風のせいだろうか、4人で話をしている間、カリオスは強烈な眩しさを感じていた。
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