第143話 道中

 海辺で夕方まで語り明かしたカリオス達4人は、その日の夜、全てを清算するかのように眠りに落ちた。


 話すことで、心が少し軽くなった気がしていたが、肉体的には疲弊していたのだろう。眠りに落ちるまでが速かった覚えがある。


 しっかり休息を取れたおかげか、いつもよりも体が軽く感じたカリオスは、今一度集落を振り返ると、その光景を目に焼き付ける。


 まだ日が昇り切っていない早朝。


 辺りの空気も冷め切っている中、4人は集落を後にした。


 流石に漁を生業とする人々だからか、カリオス達が出発した時には既に、男たちは出払っていた。


 かといって、起きていた女性たちが見送りをしてくれたわけでは無い。


 カリオスとしてもそれを望んでいたわけでは無いが、結局最後まで分かり合えることは出来なかったなと、物思いにふけってしまう。


「カリオスさん、どうしたんですか?」


 そう尋ねてくるミノーラは、軽快な足取りで彼のすぐ隣を歩いている。そんな彼女に向けて小さく首を横に振ったカリオスは、進んでいる道の先へと目を向けた。


 今カリオス達が目指しているのは、マリルタの北東に位置する要塞都市エーシュタル。


 と言うのも、ナイフの男が言っていたザーランドと言う街について、誰一人として知っている者がいなかったからである。


 ミノーラはもちろん、タシェルやオルタ、そしてハイドも知らない。当然、カリオス自身も聞いたことの無い街の名前だった。


 となれば、情報を集める他に選択肢はない。


 ハイドに聞くと、そのエーシュタルと言う街がマリルタの近くで最も大きな街なのだそうだ。


 必然的に、ボルン・テールよりも大きな街と言うことになるのだろう。どれほどのものか少し楽しみな半面、不安もある。


 クロムの企みを鑑みるに、人の多い場所を狙う可能性が高い。


『用心が必要だな。まぁ、あのエーシュタルで問題を起こすほど、クロムは馬鹿じゃないだろう。』


 小さな村を出たことが無かったカリオスですら、エーシュタルの名は聞き覚えがあった。


 国を守る要。まさに、要塞として相応しい都市なのだと。昔フラフラとやって来た商人もどきが語っていた覚えがある。


『ついに国境付近まで来ちまったのか。そう考えると、遠くまで来たな。』


 黙々と歩きながら、頭の中で今までの道筋を思い描いてみる。


『えーっと、俺の住んでた村が王都の北東にあったはず。で、まずは王都を出発して東にあるミスルトゥに行ったんだよな。そこから、さらに東に向かって、ボルン・テール。で、マリルタがボルン・テールの南と。そこから北東のエーシュタルに向かってるのか。こう考えると、殆ど国を横断してるな。』


 実直に東へと進んでいることに気が付いたカリオスは、どことなく作為的なものを感じながらも、気のせいかと一蹴する。


 そんな些細なことまでサーナの企みなのだとしたら、到底カリオスの敵う相手では無いだろう。


 流石のサーナでも、クロムの行方やカリオス達の動向まで把握できるわけが無い。


『考えすぎだな。』


 気分を変えようと背伸びをしたカリオスに、振り向いたオルタが話しかけてくる。


「なぁ、カリオス。エーシュタルって言うと、国境だよな。もし、ザーランドが国の反対側だったら、どうすんだ?」


 まるで今日の夕飯の献立を聞くようなノリで尋ねているオルタだが、かなりの大きさの荷物を背中に抱えている。


 それでも顔色一つ変えずに歩いているのは、彼自身の力のお陰なのか、それとも、シルフィの力のお陰なのか。


 そんな話の内容とは関係のない事を考えたカリオスは、メモを取り出し、簡潔に答えを記した。


 そのメモをオルタの右隣にいるタシェルに手渡すと、彼女は察したように音読し始める。


「『そもそも、この国の街じゃない可能性があるだろ。どちらにせよ、今はとにかく情報の集まる場所に行くべきだ。それが、クラリスを助けるためにもなる。』……私もカリオスさんに賛成かな。エーシュタルに着いたら、ボルン・テール宛てに手紙を書こう。今回のこととか、近況とか、色々伝えたい事があるし、それに、マーカスさんに伝えた方が良い事もあるでしょ?」


 タシェルの提案に、カリオスは深く頷く。確かに、クロムの行方を捜しているマーカスにも、今回の襲撃について連絡しておいた方が良いだろう。


 もしかしたら、敵の正体を知っているかもしれない。


 クラリスを助けに向かうにしても、襲撃者の名前や組織の規模感すら分からないままでは、返り討ちに合うだろう。


 次こそは失敗できないのだから。打てる手はすべて打っておくに越したことは無い。


 そう言う意味では、サーナに連絡を取ってみるのも一つの手かもしれない。カリオスはふと思い至った考えを頭の中でかき回し、我に返ったように首を振る。


『サーナとクロムが敵同士だとしても、あの女が俺たちの仲間だと考えるのは危険だな。』


 ボルン・テールでハリス会長に言われた言葉を思い出しながら、カリオスは自身の首に着いている無骨な金属に手を触れる。


『首輪……か。その通りなのかもな。』


 きっとミノーラは理解していない。この首輪をつけられた意味を。しかし、彼女に教えるのはあまりいい結果を生み出さないような気がしていた。


 少なくとも、今はまだ黙っていよう。そう決めたカリオスは、他の3人の会話に耳を傾ける。


「タシェル、国って何ですか?」


「国!?……えーっと、国っていうのはね、なんて言うのかな、沢山の人が集まって暮らしてる場所?みたいなものかな。」


「ってことは、ボルン・テールとかマリルタも国なんですか?」


「うーん……と。うまく伝わってない気がするなぁ。」


「国ってのはな、俺たちから金を搾り取って行くやつらのことだぞ。」


「え?お金を搾り取って行くんですか?」


「オルタさん、その説明じゃ絶対に誤解しますって!」


 ミノーラの矛先がこちらへと向かないように祈りつつ、カリオスは話を聞いていた。


 まだまだ続く道の先で、どんな困難が待っているのか。不安で仕方がないカリオスだったが、そこまでの道中は楽しめそうだと、声に出さずに呟いたのだった。

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