第141話 睨合
ハイドの問いかけを受けたカリオスが、初めに差し出したメモには『被害は?』と短く書かれていた。
ハイドはそのメモを読み上げると、端的に答える。
「11人やられた。残ってるのは、ここにいる5人を含めて18人。それと、クラリスが連れ去られた。」
カリオスが僅かに目を見開くのと同時に、ベッドの傍に立っていたオルタが拳を握り込むのを、ミノーラは捉えていた。
余程悔しい思いをしたのだろう、目を閉じたまま歯を食いしばっている様子は、見ているだけで胸を抉られるように辛い。
カリオスもオルタのその様子に気が付いたのか、首を横に振りながらメモに何かを書き出し、ハイドに手渡す。
「『オルタ、お前は良くやった。少なくとも、お前の初動は間違ってなかったと思うぞ。それに、悪いのは俺だ。ハイドが聞きたい話っていうのも、そのあたりなんだろう?今回の襲撃者は、明らかに俺とミノーラを狙ってきた。その理由に、心当たりもある。あいつらは、クロムが雇った刺客みたいなものだ。つまり、今回だけで終わる訳が無いし、クラリスを連れて行ったのも、罠だろう。』……。」
カリオスの言葉を聞いたミノーラは、ボルンテールで交戦したウルハ族の男を思い出す。
あの男の仲間が、ミノーラ達の居ぬ間にカリオス達を襲い、クラリスを連れ去ってしまった。
もしそうなのであれば、今回の騒動はカリオスとミノーラが引き連れて来てしまったようなものである。
カリオスが自責の念を抱くのと同じように、ミノーラもまた、罪悪感を覚える。
そんな感情を押し殺しながら、ミノーラはハイドに事情を説明する。
「つまり、ミノーラとカリオスは、そのクロムとかいう男を追いかけてて、それをうっとおしいと思ったクロムが、刺客を雇って襲わせたと。そういうことか。バリややこしいな。」
「ハイドさん。ごめんなさい。こうなったのは私たちのせいです。」
「なんば言いようとか、ミノーラ達は嵐を消そうと命懸けたんやろうもん。実際、嵐は消せたんやし、文句なかよ。ばってん、そいつらは許せんな。クラリスが心配や。それに……。」
ハイドが一拍置き、再び言葉をつづけようと口を開きかけた時、部屋の扉が勢いよく開け放たれた。
ミノーラを含めた全員が扉の方へと目を向けると、一人の少年が、泣きべそをかきながらズカズカとハイドに詰め寄る。
詰め寄られたハイドは、少年の圧に圧されながらも、一歩も引くことは無かった。そんな彼に対し、少年が声を張り上げる。
「クラリスはどこにおるん!ハイドのおっちゃん!教えてくれ!俺が!俺が迎えに行くけん!」
ハイドの腰のあたりを掴んでゆする少年の視界には、ハイドしか見えていないのだろう。
まっすぐに向けられるその視線に耐え切れなかったのか、ハイドは少し視線を逸らしながら答えた。
「知らん。」
そんな短い問答を続けていると、幾人かの人々が扉の外に姿を現す。少年の言葉を聞きつけたのだろう。薄っすらと涙を浮かべている。
そんな人々の内一人が、口を開いた。
「お前らが、あいつらを連れて来たんやろ?」
男の、そんな呟きが、ミノーラの心を抉る。
まるで、追い打ちをかけるように、他の人々も口々に言葉を並べ始めた。
「そうたい、お前らがここに来んければ、こんなことにはならんかったはずたい!」
「クラリスが攫われたのもアンタらのせいたい!あいつらが言いよったのを聞いたけん、間違いなか!」
「はよ出ていけ!またあいつらが来たらどうするんよ!」
言い返す言葉を見つけられないミノーラは、ただ項垂れるしかなかった。他の皆がどう思っているのか、少し気にはなったが、顔を見上げる勇気が湧かない。
なぜ、こうなってしまったのだろう。
次第に大きくなっていく怒号に、押し流されそうになったミノーラは、突然鳴り響いた音で我に返った。
音の発生源を探すために部屋を見渡したミノーラは、意外な人物に目を奪われた。
怒りに震え、小さな涙を浮かべているタシェルが、壁に打ち付けていた拳をさすりながら話し始める。
「沢山の人が亡くなったことが悲しいし、クラリスを攫われたことも許せない。どっちも分かるし、私たちに非があることも分かる。けど!そうやって何もかも人のせいにして、全部排除していくのは分からないっ!海神様に差し出すためにクラリスや集落の人が亡くなっても、しきたりだとか言って自分達のこと許してたのに、どうしてそんなに切り分けて考えられるのか分からない!ねぇ、どうして?私、治療したから知ってる。こうして平気な顔して起きてるけど、二人とも生きてるのが不思議なくらい深い傷を負ってたんだよ?二人が頑張らなかったら、今以上の被害が出てたかもしれないんだよ?どうして?どうしてこんなことに……。」
遮る者の居ない中、タシェルは一息に言葉を並べると、その場にうずくまり嗚咽を漏らし始めた。
そんな彼女の背中を、オルタが優しくなでている。
その場の全員を、重たい沈黙が包んでいく。深く、重たいその沈黙がどこまで続くのか見当もつかなかったミノーラは、一つため息を吐いた。
そのため息を合図にしたかのように、ハイドが重たそうに口を動かす。
「俺は、タシェルの意見に賛成する。そもそも、ミノーラが海神を喰ってくれなかったら今も嵐は止んでないけん。どっちにしろ俺たちは全滅たい。けど、クラリスについては責任を取ってもらうけんな。カリオス、分かっとるやろうな。ザーランドだっけか?俺も着いて行くけんな。」
未だに腰に掴みかかっている少年の頭を撫でながら、ハイドが言う。
その言葉を聞いたカリオスは、深いため息を吐くと、何やらメモに記し、ハイドに手渡した。
「『今回の件について、巻き込んでしまったことを謝罪する。すまない。もちろん、クラリスの救出も全力を尽くすつもりだ。ただ、お前は残れ、ハイド。』……ふざけんなよ!俺は行くけんな。お前らだけに任せられるわけないばい!」
「おっちゃん!俺が行く!クラリスを助けに行く!絶対に俺が行く!」
激昂したハイドがカリオスに詰め寄る横で、少年がハイドに食って掛かる。そんな様子を見て、再びため息を吐いたカリオスは、もう一枚のメモをハイドに手渡した。
「『自立してないヤツを連れて行くわけにはいかないし、自立していない奴らだけ置いていくわけにもいかない。お前は残れ。俺が信用できないなら、ミノーラを信じろ。』……。」
突然名前を出されたミノーラは、驚きながらも顔を上げる。
今まで話を聞いていた話から、思うところは沢山ある。そして、どれもが一つの言葉で言い表すことが出来る。
この胸に宿っている感情が、罪悪感なのだとしたら、償わなければならない。全て償えるかは分からないが、せめて、一つだけでも。
「必ず、クラリスちゃんを助けます。」
強く込めた思いを、言葉と目に乗せて訴える。
しばしの間続いたハイドとミノーラの睨み合いは、ハイドがため息を吐いたことによって終結したのだった。
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