第140話 謝意

 ミノーラ達が集落に戻ってから五日。


 その間、ミノーラ達三人は目まぐるしい日々を過ごしていたことは言うまでも無い。


 タシェルは駆け出しではあるが医術と精霊術の知識を持ち合わせており、カリオスやオルタ、その他の怪我人の手当てを行なっていた。


 おかげで怪我人の多くは大事に至らず、オルタに至っては二日でほぼ完治してしまった。


 どうやらウルハ族という種族は、類稀な生命力を持っているようである。


 ハイドはというと、ザムスが亡くなったことにより、集落の人々から村のまとめ役として頼られていた。


 親を失ったばかりのハイドには酷な話かと思われたが、彼は中々に胆の据わっている男のようだ。


 道端に転がっていた遺体の供養や火葬を終わらせ、現在では建物の修繕を進めている。


 もしかすると、作業に意識を集中させることで、ここで起きた惨劇について考えないようにしているのかもしれない。


 そして、ミノーラは食料の確保のために日々狩りにでる毎日を過ごした。


 初めはハイドに頼まれて始めた狩りだったが、今から思い返せば、ミノーラにとっても最適な選択だったのかもしれない。


 無心で獲物を追いかけていれば、嫌なことを考えなくて済む。


 あるいは、ハイドはそのことを見抜いたうえで、頼んできたのだろうか。そう思えるほどに、彼女は狩りに打ち込んだ。


「今日はこれくらいで大丈夫ですね。」


「そっすね。あ、そっちは俺が持つけん、大丈夫ばい。」


 荷物持ちとして付き添っている男が、いくつか積み上げられているウサギやイタチを袋に詰めると、肩に担いで立ち上がった。


 この小太りな男、ハーザムとは狩りの間、ほぼずっと一緒にいる。初めこそミノーラのことを警戒していたハーザムだったが、今となっては完全に打ち解けている。


「ミノーラはどうやって獲物を探してんの?俺、狩りはめっきり苦手やけん、コツとかあれば教えてくれん?」


「んー。そうですね、やっぱり基本は匂いと音ですね。」


 そんなことを話しながら、森の中を歩く二人。まだ日は高いが、生茂っている枝葉で光が遮られているため、木漏れ日だけが彼女たちの足元を照らしている。


 そんな光と葉のコントラストを楽しんでいたミノーラの耳に、聞き覚えのある声が届いた。


「ミノーラ!ミノーラ!聞こえたら返事して!」


「タシェル?どうしたんでしょうか?はーい!聞こえますよ!」


 ハーザムに疑問を投げかけてみるものの、彼が答えを持っている訳もなく、首を傾げている。


 そんな彼の様子を見て、返事をしたミノーラの声が森に響き渡った。


 その返事を聞いたのか、再びタシェルの声が響いてくる。


「ミノーラ!急いで戻ってきて!カリオスさんが目を覚ましたよ!」


「え!?」


 思わず駆け出しそうになったミノーラだったが、思いとどまりハーザムへと目を向ける。


 このまま彼を置いて行っても良いものかと悩んだミノーラだったが、それを察したハーザムがにこやかな笑みを浮かべ、先に行くように促してくる。


「ほら、速く行かんね。もうすぐそこやけん、俺は大丈夫たい。」


「ありがとうございます!」


 そう言い残したミノーラはすぐに駆け出すと、自身の体を森の影へと埋めていく。


 狩りをする中で少しずつこの力の扱いに慣れてきた彼女は、影への出入りを自由に行えるようになっていた。


 影の中に入ってしまえば、森の中を走るよりも障害物が少ない。少し先にいるタシェルを見つけた彼女は一直線に駆けた。


 この世界の景色は、視界が鮮やかになる前の世界に似ている。そんなことを考えながら、タシェルの元へ辿り着いたミノーラは、彼女のすぐ傍に姿を現した。


「きゃっ!……びっくりした。」


 地面から突然生えてきたミノーラを見て驚いたのか、小さな悲鳴を上げたタシェルがため息を吐く。


「そうやって突然出てくるのに慣れるのは、結構時間かかりそう。」


「そうですか?なんか、ごめんなさい。それより、カリオスさんが目を覚ましたって。」


「うん、さっきね、今はオルタさんが様子を見てるはず。」


 短く言葉を交わしながら、二人は集落へと向かって歩き出す。


 ミノーラの鼻先に腰掛けたシルフィがニッコリと笑みを浮かべている。そんな様子を微笑ましく思っていると、集落にある目的の建物、集会場が見えてきた。


「入ってすぐ左の部屋だから、行ってあげて。」


「はい!」


 タシェルの言葉を聞いたミノーラは躊躇うことなく駆け出した。途中、シルフィが鼻先から飛び去って行くのを目にしたが、気にしない。


 開け放たれている玄関を入り、廊下を少し進んで左の扉を押し開ける。


「カリオスさん!」


 部屋に入ったミノーラはベッドで上半身を起こしている彼の姿を見つけると、思わず駆け寄り、飛び乗った。


 ベッドの傍にいたオルタが笑みを浮かべながら見つめる中、カリオスの上に乗ったミノーラは思い切り顔中を嘗め回す。


 暴れる尻尾を止めることが出来ないほどに興奮していた彼女は、嫌がりながらもミノーラの頭を撫でる優しい手を実感し、感極まる。


「ミノーラ、それくらいにしてやってくれ。カリオスが溺れ死ぬぞ。」


 オルタのその言葉で我に返ったミノーラは、目の前で唾液まみれになっているカリオスと、彼の困り果てている顔を目にする。


「あ、ごめんなさい、やりすぎました。」


 すぐさまベッドから飛び降りたミノーラは、改めてカリオスに声を掛ける。


「目が覚めて良かったです。びっくりさせないでくださいよ。」


 そんな言葉に、カリオスはメモを取り出すと、一言『悪い。』とだけ示した。


 ようやく日常を取り戻せたと感慨にふけっていたミノーラは、背後から二人の人間が入ってくることを聞き取る。


「ふふふ。やっぱりそうなってた。はい、カリオスさん。これで顔を拭いてください。」


 タシェルが笑いながらカリオスにタオルを差し出している。そんな彼女の後ろから部屋に入って来たのは、ハイドだった。


 ハイドは一言も口を開くことなくベッドの傍までやってくると、目を閉じ、頭を下げた。


「みんなを守ってくれたこと、感謝する。」


 彼の言葉で、その場の全員が気を落としてしまう。


 ミノーラはその現場にいたわけでは無いので分からないが、カリオスとオルタは今の言葉をどう受け取るのだろう。


 特に、オルタは。


 そう考えたミノーラだったが、オルタの顔を見ることは出来なかった。


 どんよりとした空気の中、ハイドが言葉を続ける。


「オルタに大体の事情は聞いてる。けど、まだ分からないことがいくつかある。起きたばかりで悪いが、話を聞かせてくれ。」


 そんなハイドの言葉に応えるように、カリオスが何かを書き始めたのだった。

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