第111話 散歩(追憶)
暴れる亀に絡みついた網を、ナイフを使って解いていく。何度か亀に刃を立ててしまったが、甲羅に軽く傷がついただけで、大事には至っていない。
「悪いな、自慢の甲羅に傷を付けちまった。もう網に引っかかるなよ?」
そんなサムの言葉を理解しているのか、亀は何度か彼の様子を振り返りながらも海へと帰って行く。
「……よかった。」
「そうだな。それに、思わぬ副産物も手に入ったぞ。」
そう言いながら、サムは地面に落ちている網を拾い集める。
「この網なら、簡単な罠が作れそうだな。それに、網があるってことは意外と近くに人が住んでる可能性もあるな。キューム!今日の目標は、この島を一周することだ。どれくらいの大きさの島か確認するぞ。」
「……けっこう小さい。サムなら一日あれば一周できる。」
「本当か!?そんなに小さいのか。っていうか、もう空から見て来たって事かよ。その情報はもう少し早く欲しかったぜ。」
拾った網をたすき掛けし、ぶつくさと文句を言いながら波打ち際を歩き出したサムに、キュームが不思議そうな顔で語り掛ける。
「……何してるの?朝も昼も夜も全速力で走らないと間に合わない。早く走って。」
「朝も昼も夜も走りっぱなしってことか!?流石に無理だからな?っていうか、それって結構距離あるよな。この島って意外とデカいのか?」
キュームの期待通りの反応だったのか、少しの間笑いながらサムの周りをまわった彼女は、彼の疑問に答えてくれた。
「……中くらい。島を一周するのは大変。砂浜があるのはこの辺だけ。」
「そうなのか。ってことは、ここ以外の海岸沿いは大体岩場か崖になってるってことだな。」
砂浜の先に目をやった彼は、半ば落胆しつつも、足を動かした。
「まぁ、取り敢えずはこの砂浜がどこまで続いているのか見に行くか。その先の様子を見て、今後の方針を考えよう。」
彼の歩みで鳴る柔らかな足音の合間を縫うように、薄くて広い波の音が周囲の空間に馴染んでゆく。
海面で泡立つ波と空にただ浮かんでいる雲が、彼にはひどく対照的に見えた。
そのような光景をぼんやりと眺めながら歩いていると、不意につま先に何か硬いものが触れる。
「おわっ!」
つま先が何かに引っ掛かったことで体勢を崩し、危うく転びそうになるも、何とか転倒は免れる。
地味な痛みを足首に感じながらも、原因となったそれに毒を吐いた。
「岩か。ったく。砂の中から頭を出したいんだったら、もっとしっかりとアピールしてもらわなくちゃ困るんだよなぁ。危ないだろ?誰かが転んだらどうするつもりなんだ?以後気を付けるように。」
「……今のは前を見てないサムが悪い。岩は悪くない。」
「おいおい、ちょっと待てよ。なんで岩を擁護するんだ?」
「……岩がアピールしてても、サムが前を見て無かったら、意味ない。」
「ぐ……。」
何も言い返せなかったサムは、ごまかすように大きく背伸びをすると、大きな深呼吸をした。
「はぁ、俺は何やってんだか。」
「……サム、何か聞こえる。」
「?聞こえる?どこから?森か?」
その場で耳を澄ましてみたサムだったが、波の音であまりうまく聞き取れない。仕方がないので、森の近くへと向かってみる。
「何も聞こえないぞ?」
もう一度耳を澄ましたサムがそう呟いた時、森の奥を何かが横切って行くのを目にした。
草木で隠れていたため明確に姿を確認できたわけでは無いが、それなりの大きさの獣が通ったようだ。
一週間前の狼のことを思い出したサムは一瞬身じろぎするが、考え直す。
そもそも海岸沿いが岩場や崖になった場合、森の中を通ってルートを探す必要がある。いずれは通らねばならない道なのだ。
彼が意を決して森へと踏み込んだのとほぼ同時に、森に何かの声が響き渡った。
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