第110話 記録(追憶)

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 遭難開始から一週間が経った。


 初めの頃はキュームの見つけた洞穴で寝泊まりしながら、食べ物と水を確保することに尽力した。


 そういう意味では、この洞穴は俺にとって最適な隠れ場所だったかもしれない。


 水に関しては、池の水を活用することが出来る。どうやら、外に降った雨が天井の穴から降り込んでいるだけではなく、地面に染み込んだ水がジワジワと滲み出ることで、この洞穴の池に集まっているようだ。


 そのおかげか、池の水は非常に澄んだ状態で保たれている。天然の濾過なのだろう。


 そういえば、一つ発見したものがある。この洞穴にはクラミウム鉱石の原石が埋まっているようだ。


 タンラムの秘術とやらを試してみる価値はあるかもしれない。頃合いを見て採掘して

 みよう。


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「……サム。何してる?」


 サムが岩を机代わりにして手帳に記録を取っていると、その様子が気になるのかキュームが覗き込んできた。


「記録さ!俺たちがこの島で何を見つけて、何を知ったのか。脱出した暁には本にして売り出そうと思ってな!どんな風に書けばいいか分かんねぇから、取り敢えず記録を取ってる感じだけどな。」


「……本?誰かに読ませる?アタシも読む。」


「読ませるって言うと、なんか押し付けてるみたいだな。お前が読んだところで、そんなに面白い物じゃないと思うぞ?そもそも、当事者なんだからな。っていうか、字読めるのか?」


「……読めない。教えて。」


 手帳の横にちょこんと座り込んだキュームの様子を見て、サムは渇いた笑いを溢した。


「そいつは時間が掛かりそうだ。完成したら、俺が読み上げてやるさ。それまで待お預けだ。」


「……えー。ケチ。」


 少し不貞腐れた様子のキュームは、すぐさま気を取り直したのかサムの周りを舞いながら外に行こうとせがんだ。


「……外いこ!天気良い!風も気持ちいい!」


「……そうだな。確かに、この洞穴で生活することに慣れ始めて来たけど、ずっとここにいるわけにもいかねぇな。今日はリベンジしよう!森に入って、何か食えるものを探すんだ。太めの枝とかももっと欲しいしな。ここ最近魚ばっかりでウンザリしてたところだ。」


 そう言いながら、彼はその辺に放り投げられている急ごしらえの釣竿に目をやると、ため息を一つ吐いた。


 洞穴の壁に立てかけてある松明を手にし、弱まりかけている焚火で火を灯す。松明に火が燃え移ったことを確認した彼は、焚火を鎮火した。


「よし、行くか。」


 洞穴の入口に向けて歩を進める。池のある空間から離れる程に空気に淀みと冷ややかさが増していくのを全身で感じながらも、足を止めることなく歩いた。


 彼にとっては既に通いなれた道である。今更恐怖や好奇心は湧いてこない。


「さてと、ここまでは問題ないんだがなぁ。」


 入口まで出てきた彼は、問題の崖を眺めながら考え込む。何か簡単に出入りできる方法は無いだろうか。毎回崖にへばりついて移動するのは流石に気が引ける。


 気が引ける程度で済んでいるのが明らかにおかしい事だとは気づいていないサムは、キュームが胸ポケットに入って来たことを確認すると、仕方ないかと言わんばかりに肩をすくめ、岩に手を掛けた。


「し~らけ~た~顔の~兄さんやぁ~。よっと。こち~ら一緒に飲~みましょ~ぅ!ふんっ!村~で噂のめんこい娘~。酒~の苦み~で忘れんしゃいっとぉ!」


 やたらと伸びの良い歌を口ずさみながら、崖を横に移動していく彼の姿は、他の人間が見ていれば確実に変な目で見られたに違いない。


 もちろん、それはサム自身も理解していることで、現状ここにいる人間が自分だけだと分かっているからこそ、恥ずかしげも無く歌えるのである。


「……ヘタクソ。」


「はっはっはっはぁ!キュームは分かってないなぁ!こういうのは…っとぉ。アブねっ!こういうのは、気持ちよく歌い切った方が勝ちなんだぜ?」


「……タンラムで聞いた歌と全然違う。」


「そりゃそうだ。歌詞は即興だからな。似たようなリズムの歌は聞いたんだけどなぁ。流石に歌詞までは覚えてない!ってことはだ、作るしかねぇだろ?」


「……さすがサム。考え方は熟してるみたい。次は歌声を洗練させて。」


「ちょくちょくその皮肉を入れてくるのやめろよな。」


「……傷付いた?」


「傷じゃなくて恥ずかしいんだよ!言ったことを後悔しちまうだろ?後悔するようなこと言ったわけでもねぇのによ。」


 ようやく砂浜の近くに辿り着いたサムは、そんなことを呟きながら崖から降りた。そんなタイミングを見計らったかのように、キュームが珍しく熱のこもった声を出す。


「後悔する必要ない。サムのそういう考え方は、アタシ好きだから。」


「……え?」


 思わず胸ポケットを広げてキュームの様子を確認しようとした時、砂浜の方から何か暴れるような音が聞こえてくる。


「サム、あれ。」


 サムが音に気を取られている間に、いつの間にかポケットから飛び出して来たキュームが波打ち際を指差している。


 そこには全身に網を絡ませた海亀が一匹、打ち上げられている。その海亀は何とか網を解こうと暴れているが、余計に絡まっているようだった。

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