第109話 手柄(追憶)

 しばらく海を眺めて待っていると、キュームが全身に植物をへばりつけた状態で戻って来た。


 洞穴の入口で最も乾いているところにそれらの植物を並べたサムは、さっそく吟味を始める。


 幾本かの木の枝と綿のようにふさふさしている植物を手に取ったサムは、それらを別の場所に置くと、残りをいい塩梅に組み立てた。


「こんな感じだな。キューム、今回の枝は中々だぞ。そんなに湿ってないし、まっすぐだ。」


「……良かった。適当に持ってきたけど。」


 そんなキュームの言葉に失笑で返したサムは、太めの枝を手に取り、腰のナイフで形を整え始める。


 片面だけ平らになるように削いだ後、反対の面の真ん中に細めの枝がはまる程度のくぼみを掘っていく。


「よし、始めるか。」


 そんな掛け声を上げたサムは、太めの枝を平らに削いだ面が地面に向くように置くと、細い枝をくぼみにセットする。


 そのまま、細い枝を両の掌で激しく回し始めた。


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 彼は野太い声を上げながら、ひたすらに枝を擦り続けた。徐々に小さくなっていく声とは裏腹に、枝をこすりつける速度は殆ど落ちていない。


 ようやく彼が息を切らし始めたかと思うと、太めの枝に掘ったくぼみから、煙が上がり、仄かに赤い火種がチラッと顔を覗かせる。


「来たっ!」


 火種を確認するや否や、先ほど手に取ったふさふさしている植物で火種を包み、手の中でもみくちゃにしながら、軽く息を吹きかける。


 少しずつ広がっていく熱を手のひらに感じた彼は、それを組み立てた枝の間にそっと入れ込み、手近にあった葉を使って空気を送り込んだ。


 燻り、広がり、揺れる小さな火が、少しずつ焚火として形を成してゆく。


「いっちょ上がり!」


「……すごい、さすが。」


 キュームも今回ばかりは皮肉を入れることなく、素直に褒めてくれているようだ。サムは少し強張りを感じる両腕をもみほぐしながら、焚火の傍に腰を下ろした。


「さてと、あとは風を凌ぎたいな。キューム、何とかならないか?」


「……岩を動かす?」


「いんや、それじゃあんまり意味は無いかな。もっとこう、洞穴の入口を狭くするとか。」


「……ムリ。」


 短く即答したキュームに言い返す言葉を見つけることが出来なかったサムは、何かないかと辺りを見渡した。


 かと言って特に何かあるわけでもなく、岩と、真っ暗闇の洞穴と、荒れ始めている海だけが、彼らを包囲している。


「そうだ、この洞穴がどこまで続いてるのか、見に行こうぜ!火もあることだしな。ちょっとそこまで見に行くだけなら、問題ないだろ。さぁさぁ!キューム!腰を上げ!顎を上げ!目に映るものを全て、我らの糧にするのだぁ!」


「……するのだぁ。」


 急激にテンションを上げて立ち上がったサムに同調する様に、キュームもサムの肩の上で声を上げた。


 二人して右手を腰に当て、左手で洞穴の奥を指差している。不意に目が合ったサムとキュームは、思い出したように笑い合う。


「よし!ふざけるのはここまでだ。えっと、これが良い。」


 焚火の中から太めの枝を引き抜いたサムは、それを松明代わりに洞穴の奥へと歩を進め始める。


「……結構深い。ちょっとずつ昇ってるみたい。」


「そうだな、若干の上り坂だ。これは、俺たちの未来も明るいってことだぞきっと。」


 この先に何があるのか、どんな景色が待っているのか、そんなことを考えたサムは、心が躍り、足取りが軽くなってゆくのを感じる。


 手にした枝で前方を照らし、ずんずんと進んでゆくと、少し先の方に仄かな灯りを見つけた。


「灯りがある。もしかして、地上と繋がってるのか?」


「……外の空気が入って来てる。」


「ということは、警戒する必要があるってことだな?キューム、先に獣はいないか?」


「……見てくる。待ってて。」


 そう言い残したキュームはスーッと灯りの元へと飛んで行った。そんな彼女の後姿を見ながら、逸る気持ちを抑え、ゆっくりと前進する。


「サム!来て!」


 不意に前方から掛けられた言葉を聞いたサムは、足場が悪いのも構わず、灯りへと向けて走った。オレンジ色の光で慣れていた目に、鋭い日の光が降りかかる。


 シバシバと両目を何度か開閉したサムは、景色を認識するや否や、目を見開き、感想が口をついて出てきた。


「すげぇ!なんだここ!」


 それ以上の言葉が出てくることも無く、目の前の空間に吸い込まれているかのように、ゆっくりと一歩を踏み出した。


 天井にはいくつかの亀裂が入っており、そこから日の光が差し込んでいる。そんな光が照らし出すのは、浅めの池と、池を囲むように生茂っている植物たちだ。


 逸る気持ちに身を任せ、池の傍へと駆け寄った彼は、池の水を掬い、顔を洗ってみた。とても冷たいその水は、どこか甘い香りがしたような気がする。


 次に生茂っている植物に目を向ける。岩の上に育つほどの生命力の強い植物なのかと考えていた彼だったが、それは違っていると理解し、天井の穴を見上げる。


「あそこから土とか砂が落ちてんだな。」


 推測を口にし、自身で納得する。そして、同じく疑問に思っていた池についても、同じ理由で説明できそうだと改めて納得した。


「……サム。すごい?ここ、アタシが見つけた。」


「あぁ、キューム、これはお前の手柄だぜ!」


 サムの言葉を聞いて喜んだ様子のキュームが、彼の周りをくるくると回りながら飛び回る。できることなら、俺も踊りたい。


 そんなことを考えていたサムは、どこからともなく聞こえてきた雷鳴を耳にするのだった。

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