第102話 洞穴

 島の西側を崖沿いに進むと、亀の言ったとおり、小さな洞穴が現れた。


 灯りが無い状態で真っ暗闇の中に入りたくはないが、亀に船の先導を任せている以上、為す術も無く洞穴の中に引き入れられる。


 その洞穴の中は予想通り真っ暗で、ミノーラはともかくタシェルとハイドは何も見ることなどできないだろう。


「ハイドさん、何か灯りになる物とか持ってないですか?」


「持っとらん。火でも焚くしかないばい。この洞窟なら火打石くらいあるやろ。」


「真っ暗な中、火を付けれるんですか?」


 背後で交わされる二人の会話を聞きながら、ミノーラは改めてカリオスの持っているクラミウム鉱石の便利さを感じた。


 少し前方で亀が洞窟内の陸地に上がって行くのを確認したミノーラは、少し身構えながら二人に伝える。


「二人とも、もうすぐ陸に降りれますよ。」


 そう告げたのとほぼ同時に、小舟は砂地に乗り上げ、動きを止めた。


 薄ぼんやりと見える足元を確認しながら船を降りたミノーラは、船を降りようとしている二人を振り返り、尋ねる。


「タシェルはクラミウム鉱石とか持ってないんですか?」


 ぐらつく船で体のバランスを崩しかけながらも、なんとか降り立つことのできたタシェルは、ミノーラの声を頼りにこちらへと歩いてくる。


 どうやら殆ど見えていないようで、恐る恐る一歩を踏み出しながら彼女の問いに答えた。


「持ってないよ。ていうか、使い方も良く分かってないから。そういえば、マリルタに着く前に、カリオスさんが焚火を作ってくれたね。あれってどうやってるんだろう。」


「?カリオスが使ってのか?もしかしたら……。」


 ハイドがボソボソと呟いたかと思うと、自身の履いているズボンのポケットを探り始めた。


 そんな様子をミノーラとタシェルが見ていると、亀がのそのそと近付き、声を掛けてきた。


「ミノーラァ!まだ?早くお話ししようよ。おいら、退屈だよぅ。」


「亀さん、ちょっと待ってください。ここは二人にとって暗すぎるので、灯りを付けたいんです。」


「暗いかなぁ?まぁ、いいや。早く明るくしておくれよぅ。おいらはその辺で待ってるからね。」


 そういうと、亀はのそのそと歩き始め、岩場の傍に向かい、小さな水溜まりを眺め始めた。なんとも不思議な亀だなぁとミノーラが思った時、ハイドが声を上げる。


「あった。丸太でぶっ飛ばされる前に、カリオスに渡されたっちゃんね。こん中に、そのクラミウム鉱石ってのがあるか見てみ?」


 ハイドは取り出した小さな子袋を足元に置いた。ミノーラは既にずぶ濡れになっているその袋を咥え、中身を近場に出して広げてみる。


「あ、クラミウム鉱石があります。それと……これは、メモですね。えっと、なんて書いてあるかな……。」


 小さな子袋に入っていたのはクラミウム鉱石2つと四角い箱1つ、そしてメモが1枚だけだった。その中のメモを前足で広げながら、濡れて滲んだ文字を読み上げる。


「『熱エネルギーのクラミウム鉱石を2つ入れてる。ケース……この四角い箱のことでしょうか?に入ってるクラミウム鉱石を2つのクラミウム鉱石に接触させれば、熱が発生する。その熱で温まるなり、火を起こすなり、自由に使ってくれ。』って書いてあります。」


「こんな暗いところでよく読めるね。流石ミノーラ。それに、カリオスさんも気が利いてる。ここ冷えるから、早く焚火にあたりたいな。」


「そうだな。身体が冷えるのはよくないけん、早く火を起こそう。俺が外から燃やせそうなものを持ってくるけん、お前らは火をつける準備しとけ。」


 タシェルが体を摩りながらしゃがみ込む気配を感じたのか、ハイドが船へと乗り込んで洞窟の入口へと向けて船を漕ぎ出した。


 取り残されたミノーラはしゃがみ込んで体を摩っているタシェルに寄り添うと、亀に向かって声を掛ける。


「亀さん。ここってよく来るんですか?」


「うーん。たまに来るかなぁ。ここはおいらのじいちゃんに教えてもらった大事な場所なんだよぉ。」


「大事な場所?どうしてですか?」


「うーーーーーん。なんでだろ。なんか、奥に誰かいるって言ってたけど、会ったことないしなぁ。じいちゃんは長生きしてたから、きっとぼけてたんだねぇ。」


 亀と会話をしていると、不意にタシェルが声を掛けてくる。


「ミノーラ。何の話?」


「あ、そうでしたね。亀さんのおじいさんにとって、ここは大事な場所なんだそうです。奥に誰かいるとか言ってますけど、たぶん誰もいないと思います。」


「やっぱりミノーラもそう思う?おいらもそう思うんだぁ!だって、見たことないし。たまにこの島に来る人は、みんな吸い込まれちゃって、消えちゃうからね。」


「ちょっと待ってください!さっきも言ってましたけど、吸い込まれちゃって消えちゃうってどういう事なんですか?」


 のんきな口調でとんでもないことを言い出した亀に向かって、ミノーラは問いかける。


 洞窟に入ったことで安心しきっていたが、どうも安心ばかりしていられるわけでは無いようだ。


「そういえば、さっきもそんなこと言ってたね。ていうか、ハイドさん大丈夫なのかな……。」


 タシェルも不安を抱いたのか、洞窟の入口に目を向けながら呟いている。


「今は多分大丈夫だよぉ。でも、今日の夜から明日にかけては危ないかもねぇ。絶対に外に出ちゃいけないんだ。」


「何に吸い込まれるんですか?」


「さぁ、おいらは知らないよ。けど、すごい勢いで引っ張られていく人間を何人か見た事あるから、多分、危ないよ?おいらは全然引っ張られないんだけどねぇ。」


 亀の言葉に不安を募らせるしかないミノーラは、何やら考え込んでいるタシェルを見上げる。自然と目が合った二人はしばらく見つめ合った後、タシェルが口を開いた。


「ミノーラ。念のために伝えておきたいことがあるの。多分なんだけど。その吸い込んでるものの正体は、精霊だと思う。さっきからシルフィも全然返事が無くて、ずっと私のポケットで休んでるし。」


「精霊ですか?亀さんは今日の夜から明日にかけては危ないって言ってますけど、それは何か関係あるんでしょうか?それと、亀さんは引っ張られないけど、人間は引っ張られてるのを見たって言ってます。」


 タシェルの推測を聞いたミノーラは、今しがた得た情報を彼女に共有する。


 しばし悩んだ二人は、ほぼ同時に首を傾げ、ため息をついた。もう少し情報が欲しい。


 二人して同じことを考えていた時、洞窟の入口付近からハイドの声が響いて来る。


「戻ったぞ!大丈夫かぁ!」

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