第103話 松明

 大量の枝葉を載せた小船で戻って来たハイドは、洞穴内の陸地に到着すると、枝葉を抱えて歩み寄ってくる。


 慎重な足取りでミノーラ達の傍に辿り着いた彼は、ゆっくりと枝葉を地面に置いた。


「タシェル。火のつけ方分かりますか?」


「え?えっと、ケースに入ってるクラミウム鉱石を他のクラミウム鉱石に当てるんだっけ?簡単そうだけど……一応一つずつやってみるね。」


 そう言ったタシェルが手探りでクラミウム鉱石を探し始めたので、ミノーラは鉱石を鼻先で彼女の手元に押しやる。


「ありがとう。えっと、枝を集めてっと。」


 薄暗い中での手作業にてこずりながらも、枝や葉をこんもりと盛ったタシェルは、鉱石を傍にセットし、手にしたケース入りの鉱石を近づける。


「こんな感じで良いのかな?」


「もう少し右です。そう、そこです!」


 暗い中で良く見えていないのだろう。狙いを若干外しているタシェルの手元を見ながら、軌道修正のために指示を出す。それが功を奏したのか、二つの鉱石がコツンと接触した。


「あっつ!」


 ケース入り鉱石を持っていた手を勢いよく引っ込めたタシェルが、短く声を上げる。一瞬そちらに気を取られながらも、ミノーラの注意はすぐさま焚火へと向いた。


 パチッという小さな音を上げながら、か細い火種が燻っている。どうやら小枝が発火したようで、少しずつ広がりを見せ始めているようだ。


 そんな火種を見つけたのか、ハイドが傍に近寄り、優しく息を吹きかけ始めた。


「何してるんですか?」


「あ?何って、火を起こしよるったい。」


「息を吹きかけたら火が強くなるんですか?知りませんでした。」


 本当に火が強くなるのだろうかと疑心を抱いた彼女は、ハイドが息を吹きかけている火種に注目してみる。初めは細々と燻っていた火種は、みるみるうちに近場の枝に火を伸ばし、あっという間にこじんまりとした焚火に成長した。


「本当に大きくなりました!カリオスさんが焚火を作ってた時は、もっと一瞬で火が付いてたので気づかなかったです。」


「ナニモンだよあいつは。まぁいい、これで取り敢えずは落ち着いて休めるばい。」


 満足げに言ったハイドは、船へと戻り、残りの枝や葉を持って焚火に追加し始めた。


 そんな彼を余所に、ミノーラとタシェルは焚火をじっと眺めながらしばしの間まどろんでみる。


 雨で濡れ、風で冷え切った全身が、焚火の温もりで軽くなってゆくのを感じる。心地良い気分でようやく訪れた穏やかな空間を享受しながら、改めて当たりの様子を見渡してみる。


 小さな洞穴かと思っていたが、意外と奥が深いようで、ずっと先まで暗闇が続いていることが分かる。


 見渡していると、のそのそとこちらへと近づいて来ている亀に気が付き、ミノーラは声を掛けた。


「亀さん。お待たせしました。ようやくお話が出来ますよ。」


「もう、遅いよぅ。待ちくたびれちゃった。ちょっと眠いもんね。でも、おいら我慢するよ?だって、おしゃべりしたいんだもん。何話そうか。そうだ、聞いてよ!おいらね、この洞穴の岩に生えてる苔が大好物なんだぁ!良かったらミノーラも食べてみなよ!おいしいよぅ。」


「苔ですか?ちょっと遠慮しておきます。」


「えぇ?良いの?おいらが全部食べちゃうよ?あ、そうだ、それとね。」


 一人でとめどなく語り始める亀の言葉を聞いていると、隣のタシェルが小声で語り掛けてきた。


「ミノーラ。亀さんにこの洞穴のこととか聞けない?」


「この洞穴ですか?分かりました。聞いてみます。」


 ミノーラも小声で返事をすると、一生懸命にイソギンチャクの美しさについて語っている亀が一呼吸置くのを待って、話を振ってみる。


「亀さん。そういえば、この洞穴って何があるんですか?おじいさんにとって大事な場所だったんですよね?」


「この洞穴?うーん、なんだったっけなぁ。おいら奥には行ったことが無いから、良く知らないんだよねぇ。でも、おいしい苔があるよぅ!」


 そうですか、と短く答えながら、ミノーラは洞穴の奥に目を向ける。ゴツゴツとした岩が不規則に散らばっており、とても足場は悪そうだ。ミノーラだけならばなんとか奥まで行けるかもしれないが、タシェル達には厳しいかもしれない。


 そんなことを考えていたミノーラは大きな岩に、何やら棒状のものが刺さっていることに気が付いた。


「あれは……?」


 少し気になった彼女は、腰を上げ、軽快な足運びでその大きな岩に近づいてみる。近くで見ると、明らかに何らかの棒が岩に突き刺さっていた。


 すぐに大きな石を垂直に上ると、その棒を咥え、引き抜いてみる。


「ミノーラ?何をしてるの?」


 焚火の傍からこちらに目を凝らしているタシェルが声を掛けてくるが、棒を咥えているため返事をすることが出来ない。


 仕方なく、棒を咥えたまま焚火の元まで戻ることにした彼女は、岩から地面に降りると、再び軽快な足取りで元居た場所へ戻り、咥えていた棒をタシェルの足元に置いた。


「何か岩に刺さってたので、抜いてきました。これは何でしょうか?」


「これって……松明?」


「誰かここにおるって事か?どこに刺さっとったん?」


「そこの大きな岩です。」


 ミノーラの答えを聞いたハイドが松明を手に取ると、焚火から火を移し、その明かりを頼りに洞窟の奥へと歩き始めた。


 ミノーラもその後に続き、松明の刺さっていた穴を鼻先で指し示す。


「こりゃあ……完全に人が開けた穴やな。ばってん、誰が空けたんや?」


 岩に掘られた小さな穴を覗き込みながら、呟いたハイド。そんな彼の元へとタシェルと亀も集まってくる。


「人がいるってことでしょうか?」


「分からん。意味わからん。」


「おいらも分からないやぁ。……ねぇ聞こえてる?おいらの声聞こえてる?」


「亀さん、残念ですけど、二人には聞こえて無いですよ。もっと大きな声で話せないんですか?」


「それはちょっときついかもねぇ。ちょっと練習してみるよぅ。」


 真剣な面持ちで洞穴の奥を見つめているハイド達と発声練習を始めた亀に挟まれたミノーラは、自身の立ち位置が非常に面倒くさいことになっていることを自覚した。


「はぁ。なんか、調子狂います。」

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