第101話 先導
「亀さん。できればゆっくりお話しできる場所に行きたいんですけど。あの島まで引っ張ってもらえないですか?あ、引っ張るものありましたっけ?」
「漁に使う網ならあるばい!」
そんな彼女の提案を聞いた亀は、喜んで網を咥え込み、島へと向かって船を引き始めた。
依然として船の揺れは激しい上に、風も雨も強く打ち付けてくる。しかし、亀に船を引いてもらっていることで安心感が格段に向上している。
それは、亀に助けられたというハイドの話を聞いていたからか。はたまた、先ほど自分が助けられたからか。恐らく、そのどちらも理由の一つなのだろう。
「良かった!ミノーラが海に投げ出されたときは、どうしようかと思ったけど。こんなことって本当にあるんだね。」
「私もビックリしました。助かったと思ったら、足元から声がしたんですよ?驚きすぎて言葉が出てこなかったんです。」
「おめぇら、気ぃ抜きすぎたい……。」
船の先頭で網を握り、先導している亀と海の様子を確認していたハイドが、呆れながらこちらを振り返る。そうは言うものの、ハイド自身も少しばかり気が抜けているようにミノーラには見えた。
「ハイドさんはビックリしなかったんですか?」
ミノーラは揺れる足元に細心の注意を払いながら、ハイドに近づいて問いかける。
「ビックリも何も。俺はそこの亀の声を聞いてないけんなぁ。ばってん、やっぱり俺はあの時、そこの亀に助けられたんやなぁって思っちょる。ちょうどあれくらいのデカさやった。」
「そうなんですね。ハイドさん、思ったんですけど、私たちよりも前に島に渡った方々は、皆さんそこの亀さんに助けてっ貰ってたりしないですかね?」
ミノーラと同じくハイドの傍にやって来たタシェルが疑問を口にする。それを聞いたミノーラは確かに!と感心したが、隣で座り込んでいるハイドは違うようだった。
「そげん単純な話じゃなかとよ。現に、3人の内2人は、砂浜に流れ着いたけん。」
「無事だったんですか?」
「今は墓の中や。」
「墓……。」
軽い気持ちで聞いたミノーラは、帰って来た言葉の意味を正確には理解できなかった。しかし、結果はなんとなく想像がつく。
こうして亀と出会い、助けてもらえたことは本当に幸運なことだったのだろう。
「二人とも、島が見えて来たよ!」
沈みかけた空気をかき消すように、タシェルの声が響く。言われるがままに前方を眺めると、島の輪郭がくっきりと見えた。
くっきりと。
つい先ほどまで荒れていた嵐が嘘のように弱まっていき、自然と船の揺れも収まって行く。
何が起きたのかと、空を見上げたミノーラは大きな穴に気が付く。どんよりとした雲が広がる中、島の上空だけ明るい空が顔を覗かせている。
ウンザリするほどに覆いかぶさって来ていた雲は一つも無く、ぽっかりと穴が開いているようだ。
「うわぁ……」
隣でタシェルが声を漏らしながらゆっくりと立ち上がった。ハイドも声こそは出さなかったが、同じように立ち上がり、空を見上げている。
「嵐が……消えた?」
ハイドの言葉を聞いたミノーラは、ふと思い出したように背後を確認してみる。そこには先程までの荒れた光景が広がっていた。
「後ろは雨も風もすごいですけど……この島の周りだけ晴れてるんでしょうか?」
思ったことをそのまま告げたミノーラは、二人の返事が返ってくることを待つわけでもなく、静まった海面を覗き込んでみた。
キラキラと反射する水が眩しい。先程までの海とは別物のように思えてしまう。
そんなことを考えていると、ハイドが声を荒げる。
「おい!亀!どこに向かっとるんや。そっちは崖ばい!そげんなところで降りれるわけないやろ。」
「亀さん!そっちじゃなくて、反対の砂浜の方に向かってください!……ミノーラ!亀さんに砂浜に行くように声を掛けて!」
ミノーラは船の進行方向に聳える崖を目にし、二人が言っている内容を理解した。すぐさま船の舳先に向かい、亀に声を掛ける。
「亀さん!そっちじゃ私たちが降りれないから、向こうの砂浜の方に向かってくれませんか!そこでお話ししましょう!」
「んんんんんんんん!んんんんんんんんんんんんんん!?」
網を咥えたまま何やら話している亀の言葉を聞き取れる訳も無く、ミノーラはすぐに指摘する。
「亀さん!一旦網を離して良いので!なんて言ってるのか教えてください!」
こうしている間も遠慮なく進んでいく船は、既に崖に衝突しそうなほどすれすれな場所を、崖と平行に進んでいる。
そんな岩場のど真ん中でゆっくりと停止した船を振り返り、亀が網を離してこう告げる。
「そっちはだめなの!みんな吸い込まれちゃうんだよぉ!?」
「どういう意味ですか?」
「いいからぁ!こっちに洞窟があるから、そっちでお話ししよう。」
それだけ告げた亀は、再び網を引き始める。
亀とミノーラの様子を見ていることしかできないタシェルとハイドが、心配そうに尋ねてきた。
「説得は失敗したのか?」
「ミノーラ?亀さんはなんて言ったの?」
仕方なく二人の方を振り返った彼女は、首を横に振りながら応える。
「そっちに行くと吸い込まれちゃうって言ってます。どういう意味でしょうか?」
訝しむハイドと、息を呑むタシェル。そんな二人の様子はよそに、ミノーラはあることに気が付いた。
「あれ?帽子が無くなってる!?」
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