第69話 罪悪

 ハリスの強い視線を浴びながら、軽く会釈したカリオスは、すぐにマーカスへと助け船を求めた。会釈の後にすぐさま視線を逸らしたカリオスを見て、ハリスが眉間にしわを寄せているのが視界の端に映るが、この現状を釈明するには、マーカスの助けが必要だ。


 そんな救難信号に気が付いたのか、マーカスが説明をしてくれる。


「ハリス会長。彼は言葉を話すことが出来ないようです。なんでも、口輪のせいらしいのですが。詳しい事は、分かっていません。あとでミノーラに聞いてみるのが良いでしょう。」


「なに?言葉を話すことが出来ない?誰にも教わらなかったのか?この歳で?」


『違うぞ!それは違うぞっ!』


 けっして届かない突っ込みを入れながらも、カリオスはメモとペンを取り出して言葉を書く。もしマーカスの説明なしにメモを見せていれば、余計に怒らせたに違いない。少なくとも、そんな危険性があるのならば、できる限り排除しておきたかった。


「『色々あって、言葉を話せなくなりました。先程の態度は謝罪します。』……ふむ。言葉自体は知っているようだな。良いだろう。」


 ここでサーナの名前を伏せたのは、意図的だ。恐らく、この男はあの女のことを知っているだろう。どんな関わり方をしているか分からない以上、うかつに情報を渡すのは危うい気がする。


 納得してくれた様子のハリスは付き従っていた女性と精霊の方を振り向き、それぞれに指示を出す。


「シルフィ、そこに横たわっている男を先程の診療所まで運んでおけ。カリンは協会に戻り、雑務を頼む。ある程度の判断はお前に委ねる。ミスルトゥとここで起きた事の情報が入った場合は、私に伝えてくれ。」


「分かりました。」


 返事も無くスーッと動き始めたシルフィと、澄んだ返事をしてツカツカと歩き去って行くカリンがどことなく対照的に見える。ところで、精霊はいろんな人のいう事を聞くのだろうか?精霊術師について、特に詳しいわけでは無いため、なんとなく精霊と人がペアを組んで、契約とやらをするイメージがあったのだが。


 タシェルにドクターファーナス、そしてハリス会長まで、シルフィに命令を出したり、会話をしている。命令されたシルフィは当然のようにオルタを浮かび上がらせると、ゆっくりと診療所の方へと運び始めている。


 疑問に思っても仕方がない。今はそういう物なのだと受け入れておこう。カリオスはいろいろと吐き出したくなる感情を抑え、腹をさすった。


 既に出血は止まっているようだ、本当に大したことの無い傷だったようで安心する。


 そうして、顔を上げたカリオスはマーカスとハリスへと目を向ける。二人は重度の火傷を負って、のたうち回っていたウルハ族の男を取り囲むように、見下ろしていた。どうやら痛みで意識を失っているようだ。それほどまでに痛かったのだろうか……。


 今になって右手の籠手の重みをズッシリと感じる。少し自重した方が良いかもしれない。


「カリオス!」


 男を縛りながら、マーカスが声を掛けてくる。正直、あまり気は乗らないが、行かなければならないだろう。いわば、事情聴取だ。それもそうだ、危険物を持ち歩いている不審者を放っておくわけは無いだろう。


 もう一度籠手を眺めた彼は、仕方なく二人の元へと歩み寄る。


「単刀直入に聞く、何をした?いや、非常に助けられたのは事実なんだが、看過できない。」


 マーカスの問いに応えるため、メモに言い訳を並べる。


「『私は技鉱士なので、クラミウム鉱石を持っています。その中のいくつかに焚火の熱を蓄えていたので、籠手に装填して、放ちました。恐らく、この籠手にはエネルギーに指向性を持たせる仕掛けがされているので、一瞬で、それほどの威力が出たのだと思います。』……その籠手は自作なのか?」


 メモを読み上げたマーカスが問いかけてくる。その問い掛けは、カリオスにとって好ましくない質問だ。ここでもし、自作だと答え、嘘がばれてしまえば、立場が危うくなるだろう。かといって、サーナの名前を出すのも気が引ける。チラッとハリスの方を覗き見たカリオスは、先ほどと同様の力強い視線に見つかってしまった。


 何もかも見抜いてきそうなその視線に根負けし、彼はペンを手に取る。


「『知人が作ったものだ。』……知人か。それは……」


 マーカスが質問を続けようとした時、ハリスが突然カリオスの右腕をガッと掴み、マジマジと籠手を眺め始めた。


 突然の事に驚いたカリオスとマーカスは、顔を見合わせる。


「……君の知人は、大層な物を作ったようだ。その上、趣味も悪いと見える。もしや、この口輪も同じ『知人』とやらに貰ったのではないかな?いや、口輪ではなく、首輪か。そして、知人ではなく、飼い主と言ったところか。」


 ハリスの告げる言葉の一つ一つが、カリオスを刺激する。明らかに自身の表情が固まっているのを感じる程に、彼は動揺していた。目つきだけではなく指摘も鋭利な刃物のようだ。少しずつカリオスの表面を削いでしまう。


「……すまない。悪い言い方をした。続きは後で話すとしよう。少なくとも、君が敵では無いのだと、私は信じている。被害者かどうかも怪しいがね。」


 それだけ言い残すと、ハリスはカリオスの腕を離し、迷いのない足取りで協会の方へと歩き出した。そんなハリスの行く先を良く見ると、シルフィがこちらへと向かって飛んできている。どうやらオルタは運んできたようだ。


 その様子を見ていたカリオスは、ふと、ハリスの言った言葉の意味に気が付いた。


『被害者かどうかも怪しい……』


 マーカスは言っていた。ミスルトゥへの調査団が今日戻って来ると。そして、現れたハリスに対して、こうも言っていた。戻られていたのですねと。


 カリオスは踏み出しかけていた一歩を踏み出せず、その場に立ち尽くした。歯を食いしばり、こぶしを固め、自身のつま先だけを凝視する。先程飲み込んだものとは別の、グチャグチャとしたものが一気にあふれ出しそうになる。


 傷は塞がっているはずなのに、腹部に痛みを感じる。原因を取り除きたい。できれば、捨て去りたい。そう思えば思う程に、腹部の痛みは強烈に激しさを増していく気がした。

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