第66話 闘志

 激しい振動で半ば意識を失いかけていたカリオスは、状況が分からないまま、誰かに呼び掛けられていた。


 呼び掛ける声に応えようとそちらに目を向けると、心配そうな顔のオルタが、カリオスの頬を優しく叩いていた。どうやら、意識を失いかけていたのではなく、失っていたようだ。


「すまん。」


 ただ一言、謝罪の言葉を述べるオルタを眺めていると、ようやく意識がはっきりしてきた。どうやら地面に寝かされているようだ。すぐ隣に縛られたハームも居る。


 そして、オルタの背後に目を向けた彼は、頭が混乱した。なぜなら、マーカスが五人もいるからだ。


 先ほどまで居た街中と打って変わった場所。どうやら、ここがオルタの言っていた坑道入口が集まっている場所で、オルタの職場なのだろう。


 背の高い建物は見当たらず、旧坑道の入口と同じような小さな小屋がいくつも並んでいる。逆に、建物と言えば、それくらいしかない。


 そんな開けた場所で、二つの戦闘が繰り広げられている。


 一つは、全身傷だらけになっているウルハ族の男と三人のマーカスによる戦い。サラサラの金髪をなびかせ、素早く動き回るマーカス。


 そんなマーカスに向けてウルハ族の男が放つ渾身の一撃は、ギリギリのところで躱されている。そうして、攻撃をかわしたマーカスが、次々に男へと切りかかっているようだ。


 しかし、ウルハ族の男が痛みでひるむことは無かった。マーカスによる斬撃を意に介さずに、次々と拳を振りかぶっている。今のところ、マーカスは躱すことが出来ているようだが、一発でも食らえば、ひとたまりも無いだろう。


 もう一つは、宙に浮かんだ細身の男と二人のマーカスによる戦い。ただ、こちらの戦闘は、あまりに一方的だった。


 飛んでいる男は全く動くことなく、ただ腕を動かすことで地上のマーカスへと攻撃を仕掛けている。まるで腕の動きに合わせるように、強烈な風がマーカスに向かって放たれ、その風で、マーカスは吹き飛ばされてしまう。


 一人のマーカスが吹き飛ばされている間に、もう一人のマーカスが近付き、弓矢を放って攻撃を仕掛けている。


 しかし、未だに攻撃が届いていないようだ。まるで木の葉を払うように、矢を吹き払ったその男は、次にマーカスへと風を送るのだった。


 どちらの戦闘も、明らかに決定打に欠けている。


「俺はマーカスを助けに行く!カリオスは少し休んでろ。」


 そう言って飛び出していったオルタを止めることが出来なかったカリオスは、焦る気持ちで何とか立ち上がった。今はマーカスが五人いる理由を考えている場合ではない。


『……俺は浮いてる男を落とすか。多分、これで何とか出来るよな。』


 自身の右腕に装着している籠手をさすりながら、ノロノロと二人のマーカスの方へと歩きながら籠手を構えた。


 幸いなことに、油断しているのか、その男は全く移動しない。格好の的である。


『頼む、上手く行ってくれ。』


 そう願いつつ、念のために追加で二回ほど籠手をスライドさせたカリオスは、思い切り拳を握った。


 と同時に、ものすごい衝撃が右腕に走り、肩に痛みを感じる。


 右腕全体に広がりつつある痛みを感じながら、彼は安堵する。バランスを崩した男が地面へと落下していくのを見て取ったからだ。


 籠手から放たれた暴風は、決して男に直撃したわけでは無い。恐らく、距離的に届いていなかった。家一軒くらい離れた距離なので、仕方が無いだろう。


『よし、当てる必要ないな。よっぽど精密な制御をしてるのか?なんか申し訳なくなってきた。』


 ただ、連発できるかどうかでいえば、籠手の性能では負けるだろう。なにせ、エネルギーを溜める必要がある。


「カリオス!助かった!」


 カリオスが籠手にエネルギーを溜めていると、剣に持ち替えた二人のマーカスが、落下した男へと向かって切りかかって行く。


「痛いなぁ。あぁ、もう。面倒ですね。」


 あと少しでマーカスの剣が届きそうという状況で、立ち上がった男は、一言呟いた。途端に、男を中心に強烈な竜巻が発生する。


 突然の事に避けきれなかったのか、二人のマーカスの内、一人が巻き込まれてしまった。


 咄嗟に籠手を構えたカリオスは、再び暴風を発射する。今度こそ直撃した暴風は、あっという間に竜巻をかき消してしまう。


「何なんですか?それ。」


 あっけにとられたような、ウンザリしたような男は、カリオスに向けて視線を飛ばしながらぼやいた。しかし、カリオスが答えることは無い。


「無視ですか。まぁ、良いです。ちょっと頭に来たので、相手をしてあげましょう。」


「ふはははっ!観念しろ!クロム!お前はこの状況を分かっていないのか?先程までとは違う!今なら私の攻撃がお前に届く!」


 剣をクロムに向けながら声高に叫ぶマーカス。恐らくそうだろうとは思っていたが、カリオスはここでようやく確信を持つことが出来た。


『やっぱりこいつが……クロム。』


 あの時見た青年より、幾ばくか痩せてはいるものの、面影はしっかりとある。


『逃がすわけにはいかないな。』


 目の前に立つクロムをしっかりと見据えたカリオスは、改めて籠手を構えなおした。


「やる気満々ですね。私は忙しいのですが。」


 そう言うクロムだったが、言葉とは裏腹に、カリオスを睨み返す目には明らかな闘志が宿っていた。

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