第64話 小瓶

 右腕の籠手を何度もスライドさせて、エネルギーを溜めながら、カリオスは走る。


 先ほどの話が本当ならば、この籠手で対抗できるかもしれない。それならば、助けられるかもしれない。


 そんな確信に似た願望が、彼の足を動かしていた。


 そしてもう一つ、彼の心を逸らせるような疑惑があった。ミノーラとマーカスを襲ったと言う男のうちの一人。それは、あの時の男ではないか?


 早朝の森の中、焚火の傍で出会った青年。


 もし、彼なのだとしたら、ここで決着がつくかもしれない。そう考えると、彼の心が逸るのは必然だろう。


『とりあえずは、マーカスに追い付かないとな。どこに行ったんだ?マーカスはどこか心当たりでもあったのか?』


 そう考えながら走っていると、彼を呼ぶ声が背後から聞こえてくる。


「カリオス!待ってくれ!俺も手伝うぞ!」


 そういって追いかけてきたオルタは、あっという間にカリオスに追い付くと、立て続けに質問を投げかけてくる。


「それで!どこへ行けば良い?俺はお前について行くぞ!」


『……人任せか、少しは考えろよ。だけど、どうするかな。』


 よくよく考えれば、この街に来たばかりのカリオスはこの街に詳しくない。となると、誰かに道案内をしてもらうのが妥当だが、肝心の目的地が分からない。


『何か、心当たりは無いか?』


 行き先を決めずに走るのは愚策と判断した彼は、一旦立ち止まり、何か情報が無いか考える。


『そういえば、精霊協会?とかのハーム副会長が黒幕という話をしていたっけか?とりあえず、精霊協会に行ってみるか。』


 目的地を決めたカリオスは、周囲を見渡して何か書けるものが無いか探す。この際街でペンとメモを調達して、常備しておいた方が良いかもしれない。


 少し先で洗い物をしているおばさんを発見したカリオスは、急いで走り寄り、洗剤付きの指先で地面に文字を書く。当然、おばさんからきつい視線を浴びることになったが、軽く会釈をして済ませた。


「『精霊協会はどこだ?』か。えっと、もう少し先だ。そこに行くのか?」


 そう尋ねてくるオルタに頷き返すと、二人はすぐに駆け出した。


 最近走ってばかりだ。もう少し体力を付けよう。


 ものすごい速度で街を駆け抜けていくオルタの背を追いかけるカリオスは、少し離されそうになりながら、そんなことを考えた。


「着いたぞ!ここだ。ここに何の用があるんだ?」


 そんなオルタの問いかけに対して、彼は返答するための手段を持ち合わせていないことに気が付く。非常にもどかしい。


 何かないかと精霊協会の敷地内をのぞいてみると、庭木が目に留まった。すぐさま庭木に小走りで近寄ると、小枝を一本折り取り、土に文字を書いていく。


 そんなカリオスの様子を覗き込むようにしてみていたオルタが、さも当然のように提案する。


「あんた、面倒くさそうだな。なんだったらペンと紙を貸そうか?」


『もっと早く言いやがれっ!』


 手に持っていた小枝を思わず折ってしまったカリオスは、全力でオルタを睨みつけてしまうが、そんな彼の睨みにも全く動じることなく、オルタは当然のようにズボンの左ポケットから紙とペンを取り出した。


「仕事でたまに使うからな、いつも持ち歩いてんだ。感謝しろよな。」


 どこか誇らしげなオルタの手から紙とペンを受け取ると、すぐに用件を書きなぐる。


「えっと、『紙とペンがあるならもっと早く言え』……あぁ、すまん。なになに、『精霊協会の副会長ハームが今回の拉致監禁に関わっているらしい。何か情報が得られるかもしれない。少し探るぞ。俺は話が出来ないから、お前がハームを呼び出せ。良いな?頼んだぞ。あと、この紙とペンは貰う。』……おう!俺に任せてくれ!」


 そう言って自身の左胸を手のひらで叩いたオルタが、妙な顔をした。


「ん?ポケットに何か入ってる?」


 オルタは自身の着ている服の左の胸ポケットから何やら小瓶を三つ取り出した。カリオスにはそれが何なのか分からなかったが、それを見たオルタの顔色が変わっていくのを見て、何か大切な物なのだと推測する。


「こ、こんなところに……酔っ払っててよく覚えてない。」


 ぶつぶつと小声で言っているオルタに対して、メモを読むように促す。


「『それはなんだ?』……えっと、よくわからないが、クロムから貰った薬だ。大切だからと言ってたが……何の薬かは分からない。」


 オルタが薬の小瓶を一つ空に掲げ、中身を観察している。それで分かるはずは無いのだが、思わずカリオスも目で追ってしまう。


 その時、何者かが二人に話しかけてきた。


「そこで何をしているのですか……。」


 精霊協会の正面入り口から出てきた一人の男。歳はそれなりに重ねているように見えるそんな男が、朗らかに声を掛けて来たかと思うと、瞬く間に険しい表情へと変わった。


 その視線は、明らかにオルタの持つ小瓶へと向けられている。


「えっーと、ハーム副会長に話があるんだが……。」


 動揺しているのか、オルタが口を滑らせる。


「ほう。私がハームだが。取り敢えず、その薬を私に渡してくれないかな?」


 それに対し、何か応えようとするオルタを、カリオスは手で制止する。そして、メモした紙をオルタへと見せつけた。


「『これは毒だと聞いているが?』」


「そっちの君は話せないのかね?まぁいい。それは毒ではない。列記とした薬だ。君たちにその価値は分からないだろう?早く渡しなさい。」


 ハームの回答を聞いたカリオスは、紙に言葉を書き込み、オルタに見せる。


『捕まえろ!こいつのせいで、お前とタシェルが捕まったんだ。』


 それを読んだオルタは、一瞬考えた後に怒りの形相を浮かべ、ハームへと突撃を食らわせた。一般人にそれを防ぐ術などあるわけもなく、ハームは一撃で気を失う。


 協会の中からいくつかの悲鳴が聞こえたが、彼は無視して伸びているハームへと歩み寄った。


 この男の目的が何なのか、完全に分かっているわけでは無い。しかし、もしこの小瓶が薬なら、もっとしかるべき人物、例えばドクターファーナスに渡すべきだ。それに、もし毒なのだとしたら、それこそこの男に渡すのは最悪の結果を生む恐れがある。


『どのみち、クロムと……あいつと関わってる可能性があるなら、黒だな。あとは、何をするつもりだったのか……。それについてはこいつをマーカスに引き渡すべきか。専門家に任せよう。』


 そう自問自答した彼は、改めてオルタと目を合わせる。


「……俺、カッとなってヤバい事したような……。そういえば、なんでさっき嘘ついたんだ?」


 恐らく、『毒だと聞いている』と言ったことだろう。理由をメモに書いてオルタに見せる。


「『薬でも毒でもどっちでも良かった。その小瓶に入っている物がクロムからハームに宛てたものだと、こいつが正確に判断している時点で、二人はグルだ。どんなものを渡すのか、知っていたことになるからな。』……うん?良く分からん。」


 首を傾げるオルタを余所に、カリオスは協会の中へと入り、何か縛れるものを探すのだった。

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