第57話 混色

 ボルン・テールに到着する前に何者かの声を聞いたこと。それがシルフィの救援要請で、城壁横の崖下に飛び降り、直接坑道へと向かったこと。そして、坑道の奥で正気を失っていた大男とタシェルを見つけ、一緒に地上へと脱出したこと。


 ミノーラが語ったことを羅列すると、そういう流れになる。


「なるほど!道理で見覚えが無いと思っていたのだ。カリオス殿、疑ってしまい申し訳ない。これでも私はこの街の治安を守る責を担っているゆえに。不審者には日ごろから注意しているのでね。おっと失礼。しかし、その口輪はいささか不審だとは思わないだろうか?」


 なにやら納得している様子のカリオスを傍目に、ミノーラは口を開く。


「不審者ですか?それはさっき言っていた行方不明者と関係があるのでしょうか?」


「その通りだ!今は特別警戒中となっていてね。失踪事件のこともそうだが、ミスルトゥの方で何やら事件が起きたらしい。昨晩のうちに調査隊が派遣されているので、今日あたり何らかの情報が入ってくるはずさ。安心してくれ!皆の事は私が守って見せるからな。さて、嫌疑も晴れたところで我々は成すべきことを始めよう。このまま旧坑道へ向かい、監禁されている人々を救出するとしよう。」


 そう言い残すと、マーカスは部下を引き連れて玄関から外へと出て行った。リビングを出るときにドクターファーナスに対して一礼をしていたのがなんとも彼らしい。


「嵐のように去って行きましたね。でもマーカスさんに任せておけば、たぶん大丈夫な気がします。」


 ポツリと呟いたタシェルの言葉に、ミノーラとカリオスは小さく頷いた。


「ところで、ミノーラさん。人の言葉を話せるのは生まれつきなの?」


「うーん……ちょっと分からないです。たぶん生まれつきではないんですけど、サーナさんに会うまで人と話をすることなんてなかったので。話せていたのか、突然話せるようになったのか、そのあたりもよく分かってないですね。」


「ミノーラ、『混色』という言葉に聞き覚えはないですか?」


 タシェルとミノーラの会話に割り込む形で、ドクターファーナスが口を開いた。その内容を聞いたミノーラは驚きと期待で胸が膨らむ。


「聞いたことあります!影の女王が、私のことをそう言ってました!ドクターファーナスは『混色』の意味を知っているのですか?」


「そう、あなたも女王に会ったのですね。私がその言葉を初めて聞いた時、まだ若かったわぁ。あなたと同じよ。影の女王から言われたの。その時、意味なんて分からなかったけれど、今はなんとなく分かるわ。私は幼い頃から精霊と仲が良くて、みんなに不思議がられていたけれど、『混色』について調べて、理由がわかったわ。似ているのよ。命の形が。」


「命の形……?ですか?」


 穏やかな口調で話すドクターファーナスの言葉を反復したミノーラ。しかし、意味は分からない。


「命に形があるんですか?」


「あ、それは私も気になりました。命の形ってなんですか?」


 次々に質問を繰り出すミノーラとタシェルをニコニコと見つめながら、紅茶をすすったドクターファーナス。そして、再び口を開いた。


「うふふ。こんなにお喋りしたのは久しぶり。とても楽しいわ。ほうら、もっとお菓子を食べなさいな。この歳になると自分で食べるよりも若い子が食べている姿を見るのが好きになるのよ。遠慮せずに、さぁ。」


「いただきます。」


 促されるままにクッキーを手に取ったタシェルに対し、ミノーラはカリオスを見上げた。流石に盛り付けられたお菓子に口を突っ込むのは憚られる。


 そんな彼女の意図を察したのか、カリオスがいくつかお菓子を手にし、ミノーラの口元へと出してくる。


「ありがとうございます。」


 初めて食べるお菓子の味は、なんとも不思議な感じがした。正直、肉の方が好きだが、これもこれで悪くない。


「人の命は、普通なら人の命だけで作られているものなの。狼も同じよ。狼の命だけで作られてる。けれど、稀に異なった命が混ざって生まれてくることがあるの。それが『混色』と呼ばれる生き物。ミノーラさんは恐らく、狼と人の混色。」


「狼と人の……。だから人の言葉を話せるんですか?教えてもらったりとかしていないのに……なんだか不思議ですね。」


「そうねぇ。私も不思議に思ったの。前世だとか魂だとか、いろいろと言われているけれど、本当かしら?と思ったの。でも、分からずじまい。」


「精霊もその『混色』なんですか?」


 紅茶を一口すすった後に、タシェルが口を開いた。すっかり話に夢中のようだ。


「いいえ、精霊は『混色』ではないの。あなたは精霊協会で働いているんじゃなかったのかしら?制服を着ているから、てっきりそう思っていたわ。」


「あ、いえ、その……まだ勉強を始めたばかりでして。」


「あらそう?私が教えてもいいのかしら?あとでハリスに怒られちゃうかも。ハリスの事は知ってる?彼に精霊について教えたのは私なのよ?あの頃は良かったわぁ。」


 脱線し始めた話を聞きながら、定期的に口元に差し出されるお菓子を咀嚼するミノーラ。ふと見ると、タシェルが何やらモヤモヤした顔色になってきた。話しが脱線していることにじれったい気分になっているのだろう。


「何を話してたのかしら?あぁそうそう、精霊は『混色』ではないの。そうね、簡単に言えば、エネルギーに命が宿った時、精霊が生まれるのよ。」


 思い出したかのように語り始めたドクターファーナスの言葉に、ミノーラは首を傾げる。


「エネルギー?って何ですか?」

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