第58話 精霊

「そうねぇ、例えば、火に近づくと温かいでしょう?その温かい状態は、熱エネルギーが放出されている状態のことで、それをプラスの熱エネルギーと呼ぶの。逆に氷や雪のように冷たいものがあるわよね。その冷たい状態は熱エネルギーが吸収されている状態のことで、マイナスの熱エネルギーと呼ぶの。ここまでは大丈夫かしら?」


「温かくなるのも、冷たくなるのも同じ熱エネルギーって呼ぶんですね。なんかちょっと分かりにくいです。」


 ドクターファーナスの説明を聞いたミノーラは思ったっことをそのまま述べる。つまりは、プラスの熱エネルギーが熱気のようなもので、マイナスの熱エネルギーが冷気といったものだろう。


「その熱エネルギーに命が宿ったら、精霊になるんですか?」


「そうよ。ミノーラちゃんは賢いのね。プラスの熱エネルギーに命が宿る……正確にはプラスの熱エネルギーと生命エネルギーが混じりあって、火の精霊になるの。」


「生命エネルギー?命にもエネルギーがあるんですか?」


 生命エネルギーとはどういった物なのだろう。漠然とした内容があまり理解できないミノーラは、同じく困惑した顔のタシェルと目を合わせた。


「うふふ、難しいかしら?でも、知っておいて損はないわ。特に、精霊と関わっていくならなおさらね。さっき話していた狼の命と人の命は、言ってしまえばこの生命エネルギーの差で決まるのよ。生き物の特徴を決める設計図のようなものね。狼に必要な特徴と、人間に必要な特徴は違うでしょう?狼は人間ほど長生きはしないけれど、人よりも感覚が鋭いわ。あなたはそのどちらの特徴も持って生まれてきたのよ。」


「つまり、私は狼の生命エネルギーと人間の生命エネルギーの二つを持って……あ、なんだか精霊と似てますね。」


「確かに……だから、精霊と『混色』のミノーラは命の形が似ているってことなんですね……。ドクターファーナス!すごく分かりやすかったです!正直、ハリス会長よりも分かりやすいです。」


「うふふ、ありがとう。でも、あんまりハリスにそのことは言っちゃだめよ?彼はそういうの傷付くタイプだから。」


 ニコニコと楽しそうにしているドクターファーナスが、お菓子を一つ手に取った瞬間、ミノーラは大男が寝ている部屋で物音がしたことに気が付いた。


 しかし、他の皆は気が付いていないようだ。


「ちょっと様子を見てきます。」


 少し気になった彼女は、すぐにリビングから出て、大男が寝ている部屋へと向かう。その後を追うように、タシェルもついて来ているようだ。


 そーっと部屋の中を覗き込むと、ベッドで上半身を起こした大男が自身の体をみて困惑している。


 どうやら意識を取り戻したようだ。


「気が付きましたか!?」


 とっさに駆け寄るミノーラとタシェルを見た大男は、困惑と驚愕の表情を浮かべながらも、タシェルへと安堵の眼差しを向けている。


「良かった。無事か。」


 タシェルを見つめながら少ししゃがれた声でそう告げた大男は、深呼吸をしたかと思うと、ミノーラへと視線を移した。


「お前が助けてくれたのか?ありがとうな。ワンころ。」


「私は犬では無いですよ?狼です。あと、ミノーラっていう名前があります。」


「おわっ!?」


 完全に犬だと思っていたのか、ミノーラを撫でようとしていた大男。しかし、突然言葉を発したミノーラを見るや否や、大きく後ろへのけぞり、バランスを崩してベッドから転がり落ちてしまった。


「大丈夫ですか!?」


 とっさに駆け寄ったタシェルが、大男の手を取り、体の傷を確認している。大男はすぐに起き上がろうとしたが、自身の状況に気が付いたのか、動きを止めてしまった。


 その様子に気が付いたタシェルがふと顔を上げると、二人は至近距離で見つめ合う形で、静止する。


 しかし、それは長く続かなかった。


「あの、大男さん。大丈夫ですか?それと、お名前を聞いても良いでしょうか?」


 二人のそばに駆け寄り、ミノーラが声を掛ける。それが合図にでもなったのか、見つめ合っていた二人はとっさに顔を逸らした。


 そんな三人の様子を部屋の入口で静かに見守っていたカリオスが、『無粋なことを……』と心で呟いたことは誰も知らないだろう。


「な、名前。そう、俺はオルタだ。いや、オルタと言います。よろしくお願いします。」


 急に畏まった様子のオルタに対し、タシェルも自己紹介を始めた。


「あ、私はタシェルと言います。こちらこそ、よろしくお願いします。」


「二人とも、何がよろしくお願いしますなんですか?」


「「へ?」」


 ミノーラの素朴な疑問に呆けた声を出した二人は、取り繕うように立ち上がった。


「いや、それは、何でもない。気にしないでくれ。」


「そ、そうよ、ミノーラ。気にしないで。それよりも、早くベッドに横になってください。まだ傷が治っていないので。」


 慌てるタシェルとオルタの様子を首を傾げながら見ているミノーラの頭を、誰かが撫でた。


「目が覚めたみたいねぇ。良かったわ。痛むところは無い?鎮静薬くらいなら出せるわよ?」


 いつの間に来たのか、ドクターファーナスがミノーラの背中を撫でながら隣に立っていた。


「ドクターファーナス。治療ありがとうございました。あの、俺、今お金をもって無くて……。明日必ず持ってきます!」


「大丈夫よ。それよりも、しばらくは体を休めておきなさい。オルタさん。いくら身体が丈夫でも、無理はしちゃダメですからね。ウルハ族の方は、すぐにケガをしてくるから、診る方としては、すごく心配になっちゃうわ。」


「はい、ありがとうございます。」


 深々と頭を下げるオルタは、再び眠りについた。しばらく様子を見ていると言うタシェルを残し、ミノーラ達はリビングへと戻ることにする。


 ミノーラも残ると主張したが、カリオスに止められてしまったことは言うまでも無い。

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