第42話 立聞

 ミノーラとカリオスがミスルトゥを出発してから三日が経った。


 初めの二日は森の中を進んでいた二人だが、二日目の終わりに森を抜け、周囲にはゴツゴツとした岩場が見られるようになった。


 今まで進んできた街道も、いよいよ足場が悪くなってくる。


 こんな荒れた土地に、ボルン・テールと言う都市があるのだろうか。


 そんな風に思っているカリオスを余所に、ミノーラは岩場を駆け巡り、トカゲとの追いかけっこに夢中になっている。


「あ!? 隙間に逃げるのはずるいです! はやく出てきてください!」


 言葉とは裏腹に、岩の下の地面をほじくり返し、隙間を広げ始めているミノーラ。そんな彼女は、つい最近新しい力を手に入れたばかりだ。


 彼女曰く「影を歩けるんです」とのことだ。


 要するに、地面だろうが、壁だろうが、天井だろうが。影があれば、そこはミノーラにとって道になる。と言う事だろうか。


 言いたいことは分かるのだが、理解が追い付かない。


 恐らく、影の女王を食べてしまったことが原因だとミノーラは言っているが、そもそも、食べるって何? 精霊を食べるなんて話は聞いたことが無い。


 かといって、それ以外に思い当たる節は無いようで、こうなってしまえば、考えるだけ無駄なのだろう。


「カリオスさん! あれ! ボルン・テールじゃないですか!?」


 少し先を走っていたミノーラが、何か見つけたようだ。カリオスも思わず小走りになってしまう。


 小高い丘の上で驚嘆の声を上げているミノーラ。その隣に辿り着いたカリオスも、すぐさま息をのんだ。


 荒野のど真ん中に十字を描くような大地の裂け目が出来ており、その裂け目を跨ぐように都市が築かれているのだ。


 街には所狭しと建物が並んでいて、その殆どが煙突から煙を吐き出している。工業でも盛んなのだろうか。


 ともあれ、なぜあんなところに街を築いたのだろう。危険ではないだろうか? と疑問を抱いたカリオス。


 当然の疑問だろう。街が落下してしまえば、一巻の終わりである。


 良く見れば、裂け目の壁面に人口の物であると思われる灯りが見て取れる。


『そういえば、ボルン・テールは鉱山と精霊術の街だったな。鉱山って……山じゃないのか?』


 裂け目の壁面に見える灯りは恐らく、坑道の入口なのだろうか。ここからでは距離があるため、詳細は分からないが、もしかしたら、壁面を移動できるような道が作られていたりするかもしれない。


「カリオスさん! 早く行きましょう! なんだか、ワクワクしてきました!」


 そう言うと、ミノーラは丘を駆け下り始めた。


 全力で走られると流石に追いつけない彼は、仕方なく小走りでついて行くことにする。彼女もその辺は分かっているらしく、しばらく先へ行くと尻尾をビュンビュンと振りながら待っていてくれる。


「……カリオスさん。何か聞こえませんでしたか?」


 耳をぴんと突き立てたまま、辺りを見渡すミノーラ。カリオスも耳を澄ましてみるが、何も聞こえない。


 首を横に振り、聞こえないことを示しながら、ミノーラの横を通り過ぎる。


 そんな彼のすぐ後ろを、辺りに目を配りながら歩き始めた彼女は、やはり何も聞こえなかったのか、すぐに元の通りに小走りを始めた。


 眼前のボルン・テールは城壁に囲まれているようで、二人は入口となりうる城門目指して歩いている。そこでふと、彼は思った。


『あれ? 狼って、街の中入れるっけ?』


 王都では誰も何も言わなかったが、あれはサーナと言う人間の特異性が周知されているからこそ可能だったわけで、このボルン・テールも同じと言えるのだろうか。


 あるいは、サーナが先に事情を伝えている可能性も……。


『それはないな。完全にない。むしろ、俺たちが城門でいきなり捕まってるところを想像して、ニタニタ笑ってる方がしっくりくるな。おやおや? 捕まってしまったのですかぁ? 情けないですねぇ。もっとしっかりしてくださいよぉ。何のために同行させたと思ってるんでしょうか? せっかくなので教えてあげますが、貴方は今、お仕事中なんです。決して行楽や道楽ではないのですよ!とかなんとか皮肉を並び立てるのが簡単に想像できるな』


 我ながら簡単にセリフが思い浮かんでくることに一抹の恐怖を感じる。だが、思いつくのだから仕方がない。


「カリオスさん。大丈夫ですか? なんだか、さっきから顔が引き攣ってますけど……」


 突然恥ずかしさがこみあげてきたカリオスは、一つため息を吐き、キョトンとした様子のミノーラに城門を指さしながら首を振った。


「? あそこには行かないってことですか? どうして……」


 続きを口にしようとしていたミノーラが、何かを察知したかのようにボルン・テールの方へと顔を向けた。必死に何かを聞いているように見える。


 しばらくすると、彼女は告げた。


「やっぱり! さっきから何かが聞こえると思っていたんですが、ハッキリしました! 誰かが助けを呼んでます!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る