第40話 成長

 カリオスとミノーラは、バートンからもらった情報を基に、次の目的地『ボルン・テール』を目指してミスルトゥを後にした。


 この時間に出発したのには理由がある。


 一つはミノーラの存在だ。暗闇の中でも周囲の状況を把握できる彼女がいるからこそ、この時間に出発するという選択肢を選ぶことが出来る。


 もう一つは、単純にあの場に居づらかったと言うことだ。


 言ってしまえば、逃げるように次の目的地へと出発したのだ。


『……情けないな』


 今まで抱いていた自身へのイメージが、総崩れになっているのを感じる。最低限、人間として守らなければならない部分は、守っていたつもりだった。


 それが、莫大な責任を感じた途端に、あらゆる保身を考えてしまう。


 犯罪を犯さずに日々を慎ましやかに生き、社会のルールを最低限守っている。そんな小さな矜持は、まるでかき集めた塵のように、易々と吹き飛ばされてしまった。


「……カリオスさん。大丈夫ですか?」


 出発して間もなく、そんな風に気にかけてくれたミノーラに、彼は何一つ事情を話せていない。トリーヌに対しても、謝罪することが出来ていない。


 もう少し、お互いの気持ちが落ち着いてから、謝罪に行こう。そう納得している自分がいる。


 前を歩くミノーラが森の入口に差し掛かった際に休憩を進言した。


 ここまでほぼずっと考え事をしていたカリオスは、いつの間にかミスルトゥの周りの平原を抜けきっていることに初めて気が付く。


「焚火用の枝を集めてきますね。カリオスさんは火をつける準備とかしててください」


 そう言い残して、ミノーラは森の中で枝を拾い始めた。それほど遠くまでは行っているわけでは無いので、カリオスに身の危険が迫っているわけでは無い。


 言われるがままに腰のポーチからクラミウム鉱石を取り出し、地面に並べる。


 ちなみに、ポーチの中はポケットで分けられており、どの鉱石に何のエネルギーを蓄積しているか分かるように区分けをしている。


 地面に並べたのは、熱エネルギーを蓄積した鉱石だ。これを燃えやすい枯れ葉等と接触させた状態でエネルギー放出を行なえば、着火できるのだ。


 その火が焚火に燃え移るように調整さえしてあげれば、焚火の完成だ。


「お待たせしました! どこに置けばいいですか?」


 枝を咥えてきたミノーラが訪ねてくる。しかし、無理に喋ろうとしたため、咥えていた枝がボロボロと零れ落ちた。


 その様子に気が付いていない様子のミノーラに、足元を指さしながら近づいたカリオスは落ちた枝を拾い集めた。


「ありがとうございます。……おっと」


 礼を述べるミノーラの口元から、再び枝がこぼれる。今度はそれに気が付いた彼女は、思わず苦笑いしていた。


 準備をしていた場所に枝を置き、まだエネルギーを蓄積していないクラミウム鉱石を右手で持ち、地面に並べたクラミウム鉱石に順番に接触させていく。


 程なくして、焚火が完成した。


「あったかいですね」


 カリオスの隣で落ち着いた様子のミノーラがぼそりと呟く。カリオスもまた、地面に座り込み焚火を眺めながら気持ちが落ち着いていくのを感じていた。


 途端に睡魔が全身に駆け巡った。無理もないだろう。いろいろなことがありすぎたのだ。そのまま、座り込んだ状態で、彼は眠りへと落ちていった。


 目が覚めると、カリオスの太ももを枕にするように、ミノーラが眠っていた。


 見張りも無しに二人して眠りこけてしまうのは非常に危険だったが、襲われていないので幸いとしよう。


 辺りもすっかり明るくなっており、昨日のことが夢のように思えてくる。しかし、夢であるわけもなく、落下したコロニーの残骸がここからでも確認できた。


 スヤスヤと眠っているミノーラの頭を帽子越しに撫でていると、薄っすらと目を開けた彼女と目が合う。


「おはようございます……。あれ、もう朝ですか?」


 少し枯れた声であいさつを告げるミノーラに、頷いて答えた彼は、改めて思う。


 ミノーラは強いなと。


 トリーヌ達に対して、カリオスが何かできることがあるのか、今は分からない。だからこそ、今はミノーラと旅をして、何か、自分にできることを探そう。


 そして、この後悔と虚しさは一先ず胸の深くにしまっておこう。


 そんな風に考えていたカリオスに起き上がったミノーラが一言告げる。


「……お腹すきました。何か獲ってきます」


 そう言い残した彼女が森の中へと入っていくと、彼も支度を始める。


 取り敢えずは水が欲しいな。そう考えた彼は川を探すことにした。ミノーラと同じく森の中へと入って行き、取り敢えず一直線に歩いてみる。


 しばらく行くと、彼は見たことのない光景を目の当たりにすることになる。


 近くの茂みが騒がしいなと思ったのも束の間、突然飛び出して来た兎にミノーラが飛び掛かり、喉元へ食らいついたのだ。


 それだけ言えば、獣の狩りの様子として不思議はないだろう。しかし、確かに彼が見たことのない光景が繰り広げられたのである。


 と言うのも、ミノーラの飛び掛かり方にあった。


 茂みから飛び出した兎の後方、空中から、彼女が現れたのである。跳躍したにしても高すぎる位置だ。


 何が起きたのか理解できないカリオスは、兎の息の根を止めているミノーラを呆然と見つめることしかできない。


 そんな彼の様子に気が付いたミノーラが声を掛けてくる。


「あ! カリオスさん! 聞いてください! 私、影の上を走れるようになりました! これって、すごいですよね!? おかげで狩りもすごく楽にできます」


『影の上?』


 ミノーラの説明を理解できないカリオスが首をかしげると、ミノーラは咥えていた兎を離し、見せた方が早いですねと呟いたかと思えば、近場の木へと向かって歩き始めた。


 そうして、木にぶつかる寸前まで近づくと、まるで人間がはしごに手をかけるように、前足を木にかけはじめた。


 驚くことに、ミノーラはそのまま木を垂直に上り始める。


「見てください! すごくないですか?」


 木の中腹に張り付いたかのようなミノーラが全力で尾を振り、訪ねてくる。


 その様子を見て、カリオスは苦笑いを止めることが出来なかった。

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