第16話 目線

 カリオスにとっての不本意ふほんい空中散歩くうちゅうさんぽは数分間続いた。


 その間、彼の呼吸が続いていたのは奇跡であると言ってもいいだろう。


 既にコロニーの中にいるのだが、足元を見下ろすたびに先程見た景色を思い出してしまう。


 と言うか、立派な地面に見えるので安堵あんどしてはいるが、この地面の下には先程の景色が変わらず広がっているのだ。


 自身の中にジワジワと広がりつつある不安を押しのけるために、辺りの様子を眺めることにした。


 この街には、と言うか、コロニーの中は基本的に植物で満たされている。


 見上げても青空など見えず、あるのは葉と枝ばかり。


 道らしい道は、大きめの樹木を幾分いくぶん平らに整えただけであり、平地と呼べるような場所は少なかった。


 また、人間の言う建物のようなものは見当たらない。


 その代わり、巨大な鳥の巣が様々な場所に作られている。


 つたや枝で乱雑に作られている物やから、泥か何かで丁寧に仕上げられている物まで、文字通り多種多様たしゅたようだ。


「カリオスさん、大丈夫ですか?」


 不思議なことに、先を歩いている狼……ミノーラはあの光景を見ても全く恐怖を感じていないようで、和気藹々わきあいあいとトアリンク族に話しかけている。


「なぜミノーラは元気なのだ。と言う顔をしているぞ。むしろなぜ、お前はそこまでに腰抜けなのか。ワシは不思議なんだがな」


 そう言ってカリオスの気持ちを代弁したかと思うと、余計な言葉を並べていくのはトアリンク族のトリーヌだ。


 先程、サーナからの手紙を読んでいた、あのトアリンク族である。


「……不服そうな顔をしておるな。許せ、ワシは本音がすぐ言葉に出てしまうのだ。お前も顔に出るのだから、似た者同士であろう?」


 誰が似た者同士だ! と心の中で反射的に叫んでいるあたり、あながち間違いではないのかもしれない。


 トアリンク族も表情とかあるのだろうか……。


 羽毛うもうくちばし、そして鋭い眼光のせいか、全員がキリっとした顔立ちに見えて仕方がない。


「ところでトリーヌさん。なんだか、皆さんあわただしく見えるのですが、何かあったのですか?」


 ジロジロとトリーヌをにらみ付けていたカリオスを無視し、ミノーラが口を開く。


 その問いに、トリーヌは口早に応えた。


「もうすぐ戦闘が始まる。サーナの事だから二人とも何も聞いてないようだな。手紙に2人を好きなように使えと書いてあった。今からこのコロニーの親に会いに行く。2人のことを話さなければならないからな」


「え、戦闘ですか? 誰と戦うんですか?」


 そんな質問を投げかけたミノーラだったが、トリーヌからの応えは無かった。ただ、カリオスの中である程度予想していた展開ではある。


 そして、あの伝令が持っていた手紙の内容。


 女王の逆鱗げきりん


 つまり、その女王とやらの勢力とトアリンク族との間で戦闘が始まるということだろう。ただ、これはあくまでも推測だ。


「すまないが、ここではあまり多くを話すことが出来ない。取り敢えずは、あそこまで行こう。そこで親が待っている」


 流れに身を任せている感じはいなめないが、既に引き返せない場所に来てしまっているため、進むしかない。


 気分が落ちかけるが、慌てて気を取り直す。こんなところから落ちては敵わない。


 そんなことを思っていると、トリーヌと目があった。


 とっさに目を逸らそうとした時、トリーヌがニヤリとほくそ笑んだように見えたのは気のせいだろうか。


 いや、気のせいではあるまい。


 彼はどことなく気恥ずかしさを感じながら、足元に目線を落として歩くのだった。

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