第2章 狼と女王

第15話 宿木

 『影の精』と遭遇そうぐうした2日後、ミノーラたちはようやくミスルトゥを視野に入れることが出来た。


 一言でいうと、圧巻だった。


 森を抜けて平原の中を伸びている街道の先に、1本の巨大な樹木がそびえ立つ。その根元で2人は巨木を見上げている。


 この巨木は一本のみきで自立しているとは到底言えない。


 無数の大木たいぼくうようにからまり合い、支え合いながら一つの巨木を形成しているようだ。


 まるで、森一つがそのまま成長したかのようだ。


「これが、ミスルトゥ……天辺てっぺんが見えませんね」


 彼女がそう言ったのは何も、高すぎて見えないというだけではない。


 なぜなら、木を囲う輪のように、分厚い雲が居座っているからだ。


 そんな木の様子を長いこと見上げていたせいか、彼女は首に痛みを感じた。


 見上げる姿勢はあまり好きではないのだ。


「木の周りに集落とかは無さそうですけど、街ってどこにあるんでしょうか?」


 その問いかけに、カリオスが首をかしげて周囲を見渡す。


 そうなのだ、この大木の他に、平原には何もない。それが少し不気味で、腰が低くなってしまう。


 すると、カリオスが何かを指さし始めた。


「何でしょうか?」


 彼の指さした先を見上げた彼女は、飛んでいる何かがこちらへと向かって近づいているのを確認する。


「鳥? でしょうか。にしては、大きすぎる気が……」


 その鳥は、大きな翼を羽ばたかせ、彼女たちの上空を旋回せんかいし始めた。


 そうしているうちに、1羽2羽と数が増えて行き、ミノーラの不安をあおってゆく。


 不安が彼女たちの体を硬直こうちょくさせる。それを読み取ったのか、鳥は少しづつ高度こうどを下げているようだ。


「そこの人間! 何者だ!」


 突然呼びかけられたカリオスは、首をブンブンと振りながらこちらを指さしてくる。まぁ、彼は話が出来ないため、当然の反応だ。


「私はミノーラと言います! サーナ様の使いの物です! 彼はカリオスさんと言います。ただ、いろいろありまして言葉を発することが出来ないのです! できればお話がしたいのですが! 降りてきてくれないでしょうか!」


 取り敢えず警戒けいかいを解いてもらうために、腰を下ろした彼女は、上空の彼らに呼び掛ける。


 ミノーラの声を聞いた彼らはざわめきを隠せない様子だったが、すぐに全員が降りてくる。


 ここにきて彼女は彼らが鳥ではなく、トアリンク族と呼ばれる亜人種なのだと確信した。


 人間でいうところの腕が、立派な翼になっている彼らは、全身を羽毛うもうで覆われている。


 その翼で豪快ごうかいに降りてきた彼らは、しなやかな動きで翼をたたみ、全員が優雅ゆうがたたずまいを見せた。


 そのうちの一人が立派なかぎ爪で地面をえぐるようにして、前へと進む。


「お前は……狼か? なぜ言葉を話せる」


「言葉を話せる理由は、私にもわかっていません。ただ、サーナ様からミスルトゥに向かうようにと言われたので、街道を進んできました。ここがミスルトゥで間違い無いでしょうか?」


 返答をしながら、彼女は目の前のトアリンク族の様子をうかがう。背丈は2メートル程だろうか、ミノーラはおろか、カリオスよりも大きい。


「……サーナか。アヤツはろくな事をせん。まあいい。して、何をしに来た」


「はい、これを読んでください」


 カリオスに目配せをすると、それを待っていたかのように手紙を取り出した彼は、すぐに目の前のトアリンク族へと手紙を渡す。


 器用に翼で手紙を受け取り、しばらくその手紙を読んでいたトアリンク族は、読み終えたかと思うと、大きなため息を吐く。


 彼女はどれだけの人に影響を与えているのだろう、と考えてしまうミノーラ。


 王都だけでなく、このミスルトゥにも影響を与えているところを見るに、世界規模で考えていた方がいいかもしれない。


「仕方あるまい。二人を上に連れて行くぞ」


 考え事をしている間に話が進んでいたせいか、彼女は状況の変化についていけなかった。


 それは恐らく、カリオスも同じなのだろう。


 トアリンク族が一斉に翼を広げて空へと舞い上がり始めたかと思いきや、まるで獲物を捕まえるように、かぎ爪で鷲掴わしづかみにされる。


「ひゃあ!」


 どうを軽々と掴まれた彼女は、驚きで声が漏れてしまう。同じく、肩をつかまれたカリオスは声にならない叫びを全身で表現している。


 少しずつ上昇しながら、巨木の右奥へと回り込んでいるようだ。


 全身をおそ風圧ふうあつと、腹部ふくぶを圧迫するかぎ爪で意識が朦朧もうろうとし始めた時、彼女は巨木の幹に張り付いている巨大な球体を目にする。


 なにやら枝かつたのようなものがうじゃうじゃと絡まっているように見えるそれは、王都がすっぽりと入ってしまいそうなほど大きな球体を形作っていた。


 呆然ぼうぜん魅入みいる彼女に浴びせかけるように、一人のトアリンク族が声を張り上げる。


「ようこそ! ミスルトゥ第1コロニーへ!」

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