3.《空洞》の出現/そして葛藤

3.《空洞》の出現/そして葛藤


 ここからは、中期の楽曲に目を移していこう。中期とは1998年にメジャーデビューとともに発表した4thアルバム『3×3×3』から、2001年の7th『ゆらゆら帝国Ⅲ』までを指す。本稿で中心として取り上げたい《空洞》という概念は、このあたりの楽曲から姿を現し始める。



「昆虫ロック」(4th『3×3×3』より)

作詞/坂本慎太郎


ぼく本当はいろんなこと/いつも考えてたのに

なぜか最近頭の中/誰もいない部屋の中

雨が降る日は何もしない/髪がベタベタするから

風が吹く日も何もしない/どこか消えたくなるから


ぼくは綺麗な虫のように/生きたいんださりげなく

ただそこにある物のように/生きたいんだ意味もなく

頭振っても楽しくない/腰を振ってものれない

ぼく本当はいろんなこと/いつも考えてたのに


悪霊どもをおっぱらって/透き通る体を手に入れる

湿った肉を削ぎ落して/渇いた肉でかっこつける


ぼくは綺麗な虫のように/生きたいんださりげなく

ただそこにある物のように/生きたいんだ意味もなく

雨が降る日は何もしない/髪がベタベタするから

風が吹く日も何もしない/どこか消えたくなるから


頭振っても楽しくない/腰を振ってものれない

ぼく本当はいろんなこと/いつも考えてたのに



 語り手は「綺麗な虫/そこにある物」のように「さりげなく/意味もなく生きたいんだ」と歌う。これは初期の楽曲に見た「石」や「泥」のような「思考しない野性」への脱却志向と同じものであろう。これまで語り手は、「生という実感の欠如」から、自分の命や魂といったものを無機質で透明で中身のないものだと形容してきた。すなわち自らの「存在」を空虚で実感の湧かないものだと言うのである。そしてそのしがらみから逃れるために、その「空虚な存在」といった感覚を受け入れること、さらに言えばそれらに無自覚な存在になることを目指してきた。しかし、これはかなり抽象的な観念で、語り手の空想といった感じも拭い切れない。

これに対し、この楽曲で注目したいのが、「悪霊どもをおっぱらって/透き通る体を手に入れる」「湿った肉を削ぎ落して/渇いた肉でかっこつける」という部分である。ここでは、「透き通る体」「渇いた肉」というように、物理的・身体的な表現がなされる。語り手は自身の肉体にも「空虚さ」を求め始める。言い換えれば、肉体のうちに《空洞》をつくりだすのである。これまでの観念的な想像が、対象が肉体となることで一気に現実味を帯びてくる。語り手は自身の「存在」という抽象的な対象、そして肉体という具象的なもの両方に対して、すなわち自身の「内部」に《空洞》をつくりだすのである。



「頭炭酸」(7th『ゆらゆら帝国Ⅲ』より)

作詞/坂本慎太郎


短時間で 君と最高コミュニケイション 感じただろ?

俺の空洞 腹の中に 病気なのか 頭炭酸かなりポップ

陽気なのか 俺は風船または風船ガム

うーうー 頭炭酸 頭炭酸

勘違いで 鳥と最高コミュニケイション 聞いてただろ?

昨日ずっと楽しそうに 病気なのか 頭風船だれか持って

陽気なのか 風に飛んでっちまいそうだ

うーうー 頭炭酸 頭炭酸

うーうー 頭炭酸 頭炭酸

3時間で 月に3回目のバケイション 呼んでただろ?

俺を最近君はいつも 病気なのか 頭炭酸かなりポップ

平気なのさ 俺は風船または風船ガム

うーうー 頭炭酸 頭炭酸



 《空洞》という言葉が直接的に使われるのはこの楽曲からである。

 先に述べたように、語り手は無自覚な存在になることを志向してきた。つまり、自身の「内部」に《空洞》をつくりだすことを。

 この楽曲では、その中身がなく、今にもどこかに消えてしまいそうな空虚な様が、「炭酸」「風船」「風船ガム」というモチーフでもって表現される。

しかしここで、語り手はそのように無自覚な存在になってしまった自分と葛藤する。そんな状態にある自分は、「病気なのか」それとも「陽気なのか」と。ここでも語り手は、自分というものが分からなくなるのだ。そして自身の存在を確認するかのように、「感じただろ?」「聞いてただろ?」「呼んでただろ?」と、「君」に肯定を求める。

 語り手は、自身のうちにできた《空洞》に不安を覚えるのである。つまりここでは、「無自覚な存在」になった自分を自覚している、いや、自覚してしまっているのである。しがらみから逃れるために「無自覚な存在」を志し、《空洞》を求めた語り手だが、ここではそんな自分さえをも自覚してしまう。初期の楽曲で見たようなしがらみから、未だに脱し切れていないのだ。

 印象的なのは、「平気なのさ 俺は風船または風船ガム」というフレーズである。語り手は《空洞》に対して不安を抱きつつも、そんな自分を受け入れようと、開き直ろうともしているのだ。

                                (つづく)

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