2.「生きている」との別れ

2.「生きている」との別れ


 ゆらゆら帝国の歌う《空洞》という概念、そしてそこに流れる物語を読み解いていくために、無難に初期の楽曲から考察していくことにする。ここで言う初期とは、1989年に結成されてから、1996年に3rdアルバム『Are you ra?』を発表するまでの期間を指す。この時期のゆらゆら帝国は、人間という生き物への諦観、そして野性への脱却を歌っている。



「生き物万歳」(1st『ゆらゆら帝国』より)

作詞/坂本慎太郎


きのうまでは生き物

きょうになれば 物

さよならした命の/行方をさがしてみる


きのうまでは生き物

それがいまじゃ 物

しがみついた命の/すがたを暴いてみる


ときどきぼくは わからなくなる

頭を抱えてみるのはなぜ

死ぬのに生まれてきたのはなぜ

あなたを見て感じるのは

愛してるとささやくのはなぜ


きのうまでは生き物

きょうになれば 物

さよならした命の/行方をさがしてみる



 ここで歌われているのは、「生という実感の欠如」である。語り手は、自分の存在理由について懐疑的な立場にある。どうせいずれ死ぬというのに、なぜ自分は頭を抱えて悩んだりするのか、そもそもなぜ生まれてきたのか、ときどき分からなくなるのだ、と。ここで語り手は、「生きている自分」というものを知覚する。「自分」という存在をメタ的な思考において捉え始めるのだ。言い換えれば、「生きている自分」を単なる事象として認識してしまっている。ゆえに語り手にはそれが無機質かつ即物的なナニカに見え始め、ここに「生きている自分」との距離感、あるいは隔たりが生じるのである。この過程は「きのうまでは生き物/きょうになれば 物」と表現される。「さよならした命の/行方をさがしてみる」というように、語り手にとっての生命、あるいは「生きている自分」というものは、どこか遠く、手の届かない場所まで距離を置いてしまったと言えよう。

 では次に、これもまた初期の別の楽曲を見ていこう。



「人間やめときな」(2nd『ゆらゆら帝国Ⅱ』より)

作詞/坂本慎太郎


でっかいビー玉を拾う夢をみた

ガラスの魂に映る私は/5歳で前歯が折れてる

手をひくあなたは死んだはずの山のおじいさんだ


人間やめときな 野性の石になれ

人間やめときな 野性の泥になれ


でっかいおみやげをもらう夢をみた

背中にしがみつく見知らぬ女が/あなたを信じてる信じてる

「私をうらぎればお前の背中を一生はなれない」と言うのだ


人間やめときな 野性のオスになれ

人間やめときな 野性のメスになれ

人間やめときな 野性のオスになれ

人間やめときな 野性のメスになれ



 まず注目したいのは、「ガラスの魂に映る私」である。「ガラスの魂」という表現からは、無機質と硬質感、透明で中身のない魂といったものが感じられる。そしてそこに「映る私」。語り手はその生命力に欠けた魂、あるいは命というものを、その外部から見つめているのである。先の楽曲に見た「生きている自分との距離感・隔たり」は、やはりここでも継続されているようだ。これを踏まえると、この楽曲で繰り返される「人間やめときな」というフレーズの「人間」とは、自らの存在理由に不安を覚え悩む私、生の実感を得られない私、自分の命というものがどこか無機質で物質的なものに見えてしまう私、ということになるだろう。


 ではそのような「人間」をやめて、一体どうするというのだろう。そこで提案されるのが、「野性への脱却」である。語り手は「人間」をやめて「野性」になれと命じる、あるいは、自分に言い聞かせている。「野性」とは「理性」と対をなすものであり、論理的・抽象的思考を否定し、本能・感情のままに行動する性質を指す。しかしここで歌われる「野性」はエネルギッシュで解放的、粗野で攻撃的といった一般的なものではなく、少し特殊な意味あいで用いられている。それは、語り手の目指す対象が「野性の石」「野性の泥」でという物質的なものであることから察せられる。言うまでもないが、「石」や「泥」というのは生命力もなくじっと動かない小さな存在であり、「野性」という言葉の与えるイメージとはかけ離れた消極的なものである。また、もちろん「石」や「泥」は理性をもたないものであり、思考しない。すなわちここで語り手が言いたいのは、自分の存在意義や生の実感が得られないことを憂う「人間」(あるいは「私」)から脱却し、「石」や「泥」のような、そういったしがらみとは無縁な、「無自覚な存在」になれ、ということではないか。


 ここではゆらゆら帝国の初期の楽曲に目を向けてみた。彼らの出発点には「生きている自分との隔たり」「生という実感の欠如」があり、そのようなしがらみに関さない「野性」(先述のような特殊な意味あいで)への脱却志向が見られた。

                                (つづく)

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