第9話 設定と本性

お前それ……」


 桃ヶ池が指を差したのは高校生が買うには早すぎる物……つまりエロ本だ。目をハートマークにさせたお姉さんが胸とか下着を露出させこちらを誘っている。こういうイラストはネットで何度も見たことがあるのだが、お店で見ると何故か背徳感が押し寄せて来る。


「主様こういうの好きなの? まあ、男の子だもんねぇ」


「……否定はしない」


「素直でよろしい」


 なんだろう、隠してるエロ本がうっかり彼女にバレてしまったようなこの感覚は。いいじゃん、男はみんなエロいの大好きだもん。淫乱とかビッチとか痴女とか、そういうエロいシチュエーションって何故か興奮するんだよ!


「ボクこれ買ってこようかな。主様も好きそうだし」


「は? お前未成年だろ!?」


「どうせ見逃されるって大丈夫大丈夫。もー主様ったらウブなんだから」


「あのなぁ、そういうんじゃなくて……」


「ごまかさなくてもいいのにー♪」


 俺は良心で心配しているのに、こいつと来たら俺をからかって楽しんでいた。恐らくエロ本を買った後はいくつかエロいシーンを俺に見せつけ『へー、こんなのが好きなんだ。やっぱり男の子って変態さんだねー♪』とか言うに決まっている。全く、ビッチ設定にイタズラ思考が合わさるとロクな事がおきない。


「じゃあボク上に行ってくるから先に会計終わらせてねー」


「おう、買えなくても俺に八つ当たりとかするなよー」


「あはは、面白い事いうねー」


 自信満々に3Fの18禁コーナーへ向かう桃ヶ池を俺はレジまでの列から観察する。まあ、年齢確認されておしまいだろうしバカにする言葉でも考えて待つ事にしよう。


「あっ、すみませんここ通ります……」


「ふふ♪」


 途中で店員とすれ違うも見事にスルーされ先へと進んでいく。店員を突破出来た事にさぞご満悦なのか、俺のいるレジにドヤ顔でアピールしてくる。おお、本当に突破しやがった。正直、制服だし店員に止められてつまみ出されるのがオチかと思っていたがそれは間違いのようだ。桃ヶ池の言うとおり、やはり最近の店員は未成年を見ても18禁コーナーに入る事を見逃して……


「お、お客様!? こちら18才未満は立ち入り禁止となっていますが!?」


「……」


 ……見逃してはくれなかった。店員は慌てて戻り、桃ヶ池の18禁コーナー侵入を阻止する。反応まで僅か数秒、見事なUターンだった。漫画だとエロ本を買う高校生が結構登場する為、最近は黙認される事が多いのかなーと思っていたがそれはフィクションの話。現実ではちゃんとルールが決まってるんだし店員も止める時はしっかり止めるんだな、と再認識した。


「おかえりー」


「……」


 絶対の自信をへし折られた為か桃ヶ池はかなり不機嫌そうだった。バカめ、制服来てる時点で買える訳がないだろうが。オレも一瞬行けるんじゃね? とか思っていたが現実はやはり甘くない。理由なんてそれだけだ。


「残念だったな。エロ本が買いたければ後3年たってから出直してこい」


「……正論ムカつく」


 無性に腹が立ったのか俺の右足に強めの蹴りをかましてきた。意味なんてないただの八つ当たり。そのやけくその蹴りは運悪くクリーンヒットしてしまい俺は地面に膝をついてしまった。やべぇ、長いこと痛むやつだこれ。


「いてぇよバカ! 加減くらい考えろ!」


「主様は男でしょ! 男なら黙ってボクのサンドバッグになれ!」


「誰がお前のサンドバッグになるか! それと八つ当たりしないって最初言っただろうが!」


「これは八つ当たりに入らないよ! それに口約束が約束に入る訳ないし!」


「屁理屈ばっかかお前はあああああああ!」


 口論は次第にデッドヒートし周りの客や店員がどうしようかアワアワしている。いつも他人を煽る癖して思い通りに行かなければ無理やり八つ当たりをかましてくる桃ヶ池。見た目は高校生なのにここまでいくと小学生くらいに見えてしまう。あーあ、少しくらい可愛げがあればいいのになぁ……


◇◆◇


「今日は散々な目にあったねー」


「ったく、誰のせいだと思って……」


 駅までの帰り道を歩く俺達。辺りはすっかり日が沈み、街灯の明かりが点灯していた。ちなみにレジで騒いでいた俺達はこの後屈強な店員に捕まえられ学校に通報された。明日はきっと住吉先生のお説教が待っているだろう。ただでさえ怖い先生の説教とあって俺は明日学校へ行くのが恐怖で仕方なかった。


「まあ、でも楽しかったかな。主様ありがとう」


「素直に感謝するんだな……お前でも」


「ちょっと酷くない? ボクだって感謝くらいするよ」


「お前の場合感謝の意味合いが……まあいいや」


 素直に感謝する桃ヶ池に少し驚いた。普段人を下に見ておもちゃの用に扱うお前がこんな事を言うとは思わない。俺にはどうしてもその感謝を素直に受け止める事が出来なかった。


「ねえねえ、また一緒に行こうよ。別の場所も気になるし」


「また通報されるのはごめんだぞ……」


「今日のはたまたまだって。今度は静かにしてるからさ♪」


「おい、当たってる! 当たってるから!」


「こういう時は……当ててんの♡ だっけ?」


 俺の腕に絡みお決まりのセリフと共に胸を当ててくる桃ヶ池。うーむ、腕で感じる胸の感触もまた……って違う違う。やたらと積極的に絡んで来て俺をからかう桃ヶ池は一体何を考えてるのだろう。


「なぁ、当ててんのもビッチ設定のせいか? それともお前の意志?」


「んー、どっちだと思う?」


「わかんねぇから聞いてんだよ……はぁ」


「そうだなぁ……実はボクにもわからないんだよね」


「え?」


 分からないのか? 俺が作り上げた設定を演じている桃ヶ池と自らの本性で行動する桃ヶ池。その2つが合わさって今の桃ヶ池桃華が作り上げられてる。なら、その区別くらいついてると思っていたがまさか本人が分からないとは意外だった。


「うーん、設定とか本性が混ざり合うとさ、最終的に設定も本性に入ってきちゃってさ……少し悩んでたりする」


「やっていく内に設定が本性に変わるって事か?」 


「そう、かなぁ。でも溶けんでる場合もあるけど実はそれが元々の本性だったって場合もあるし何というかね……うーん」


 俺の腕に頭をグリグリしながら考える桃ヶ池。グリグリする度に髪がふわっと揺れ甘い香りが頻繁に漂ってくる。しかし、なんかややこしすぎて俺でも理解出来ないぞこれ。状況が特殊すぎるから

どうアドバイスすればいいかわからないし困ったな。


「……まあ、分からないならやりたいようにやればいいんじゃないか?」


「え?」


「そりゃやり過ぎはダメだけどさ、設定とか本性とかそういう考えは捨てて今は自分に素直に行動した方がいい……と俺は思う」


「なるほどね……」


 俺の意見に納得してくれたようだ。正直これが解決策かと言われれば怪しい所があるが最善策ではあると思う。分からないまま突っ立ってるより、やれる事をやった方がまだマシだという非常にポジティブな考えだ。


「……少しわかったかも」


「おっ、そうか。ならよかった」


「ボク、設定とか本性に答えを出さない事にする。ずっと悩んでいても仕方ないしさ」


「考えを放棄か……お前の場合逃げてる訳じゃないしいいと思うぞ」


「ありがとう主様。後、もっと自分に素直になってみるよ」


「十分素直だと思うが……また振り回されるのか俺は?」


「ふふっ、どうかな。でもまずは」


 桃ヶ池が俺の顔に接近した瞬間、唇に何か柔らかい感触を感じた。唇同士の接触、つまりキス。僅か数秒触れるだけのキスは桃の味がして俺の思考を停止させるには十分すぎた。


「な、お、お前今……」


「ふふっ、主様の初めて貰っちゃった♡」


「はぁ……突発的すぎるぜお前」


「好きなようにやれって言ったのは主様でしょ? 発言に責任持ってよ」


「口約束は約束じゃないって桃ヶ池さん言ってませんでしたー?」


「さあ? 女の子は気まぐれなんだよ、にゃはは」


 使い慣れてない猫語を発する桃ヶ池は凄く機嫌がよかった。でもそれが悩みを解決したからか、キスしたからか、はたまた俺のなさけない姿を見れたからなのかはわからない。でも、今は桃ヶ池が楽しそうに笑ってるし俺も悪い気分じゃないからよしすることにした。


◇◆◇


 そして次の日……


「柏原、桃ヶ池。お前ら昨日何してたか知ってるよなぁ?」


「はぁ……またこれか」


 みんな大好き住吉先生のお説教から学校は始まった。こいつと付き合う限り何度もお世話になる事が多そうだ。揉め事が大好きだな桃ヶ池さんは!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る