決死背水(デッド・ライン)

 天の川銀河より遥か遠くに位置するシャーキャ銀河。その中央近くに位置するのが恒星クシナガラである。この極めて大きく、膨大なエネルギーを持つ恒星を囲むように作られたのが、クシナガラ恒星要塞だ。この要塞は地球人類同盟の軍事的重要拠点でありながら、またクシナガラの莫大なエネルギーを抽出するための施設でもあった。

「辿り着けた味方艦隊はどの程度か?」

「戦闘でダメージを負った艦の中には道中で航行不能に陥るものもいくらかありましたが、それ以外は概ね無事に合流を果たしました」

「敵艦隊による追撃は?」

「いえ、奇妙なことに、こちらを追ってきた艦は皆無です」

「チャフが見事に効果を発揮した……わけではないだろうな」

 超天連はそんなに甘い相手ではない。これまでの戦いから、それくらいのことはデイブにもわかっていた。

「楽観的に見れば、窮鼠猫を噛む、というようなことを恐れている、とも考えられますが、恐らく単に侮られているのでしょうね。無闇に追い立てずとも、全て揃ったところをまとめて駆逐すればよい、と」

「……勝てると思うか? 我々は」

「……勝たねばなりますまい」

 二人共、口に出さずともわかっていた。状況は絶望的である、と。

「頼みの綱は、虎の子のアレか」

「ええ。初めてアレの計画を見た時は、上層部は一体何をトチ狂ったのかと思いましたが、こんな形で役に立つ日が来るとは……」

「技術があれば試してみずにはいられない学者連中と、自分の命と椅子を守ることに必死な老人連中のおかげだな」

「まあ実際、異文明の痕跡は既にいくつも見つかっていたわけですから、まだ見ぬ外敵に備えるというのも間違いではなかったということですね」

 二人は揃って、スクリーンに映った鈍色の球体……クシナガラ恒星要塞を仰ぎ見る。そのあまりの巨大さに、遠近感が狂う。建造以来一度も破られたことのない鉄壁の要塞の、頼もしくも恐ろしい姿。しかしそれでも、天魔相手にどれほどの戦いができるものか……。彼らの心は晴れなかった。


「閣下。残存艦隊、全て入港完了しました」

「うむ。各艦、補給と応急修理を済ませた後、要塞の駐留艦隊と合わせて艦隊を再編、要塞前面にて防衛線を構築する。またいつ、やつらが攻めてくるかわからん。各員、迅速に作業を遂行せよ」

 指令を受け、各艦と要塞の人員が慌ただしく作業を開始する。

「もし、この要塞を抜かれるようなことがあれば……」

「……考えても仕方あるまい。後は、死力を尽くすのみだ」

 クシナガラ要塞とその防衛ラインこそが、文字通り人類最後の砦。ここが陥落すれば、後にあるのは地球人類同盟の本拠たる、サルナート文明圏だ。かつては複数の銀河にまで勢力を伸ばしていた地球人類だったが、超天連に追いこまれ、今やこのサルナートに住民のほとんどが集中していた。もしも、超天連に侵攻を許せば、人類種は確実に終わりを迎えるだろう。地球人類という種、始まって以来最大の危機が、間近にまで迫っていた。

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