二十一世紀のサンタクロース

 目覚めても、まだ夢の中にいるような気がする。

 あるいは目覚めた夢を見ているだけなのかもしれない。

 いずれにしてもベッドから起き上がり、仕事に行かなければならないことに変わりはない。

 今日はクリスマス・イブだというのに。

 いや、クリスマス・イブだから何だというのだ。

 俺にとってクリスマスにどんな意味があるというのだ。

 意味などない。

 あの子は、もうどこにもいないのだから。


 街にはサンタクロースが溢れていた。

 白い付け髭をつけ、赤い服を着た、高度資本主義社会の末端を担う、時給幾らかで雇われた一日だけの聖者たち。

「メリークリスマス!」

 聖者の一人が俺の行く手に立ちはだかり、ポケットティッシュを突き出した。

 反射的に受け取ったが、相手と、受け取ってしまった自分の両方に腹がたった。

 まあ、いいか。

 同業のよしみというやつだ。

 今日は俺もサンタクロースだからな。


 暗青色に沈んだ海を背景に、その男は埠頭に立っていた。

「遅いぞ」

「すまない」俺は軽く頭を下げた。「例のものは?」

「ちゃんと届いてるよ。こっちだ」

 男の後について倉庫へ向かう。

「これだ」

 薄暗い倉庫の片隅に、無造作に置かれた一抱えほどの木箱を指差し、男は言った。

「ご苦労さま」俺は男の手に、用意してきた封筒を握らせた。

「ありがたい。これで無事に年が越せる」

 男が初めて笑顔を見せた。

 倉庫の脇に止められていたワゴン車に、男と二人で木箱を積み込んだ。

「来年もよろしく。良いお年を」男は軽く手を振った。

「ああ」俺は車のキーを回した。


 高速を飛ばしながら、あの男には子供がいるのだろうかと、ふと思った。私生活について尋ねたことはないが、幼い子供がいてもおかしくはない歳だ。

 あの男も今夜、あの封筒の中の金で買ったプレゼントを、我が子の枕元にそっと置いたりするのだろうか?


 高速を降り、一般道を走る。

 目的地まであと十分と思える辺りで、まもなく到着すると携帯で先方に連絡を入れた。

 いつも通り裏口へ届けるように、と念を押された。

 そこまで用心する必要は無い筈だが、やはり後ろめたいのだろう。

 当然だ。

 俺だって後ろめたい。


 目的地手前で細い道に折れ、いくつか角を廻って建物の裏口に到着した。

 待ち構えていた白衣の男二人に木箱を渡し、受け取るべきものを受け取ってしまうと、雇われサンタクロースとしての俺の仕事は終わった。あとはワゴン車をレンタカー会社に返しに行くだけだ。

 俺は車を出した。

 バックミラーの中で、白い建物が遠ざかっていく。

 あの中で、一人の子供がこれから手術を受ける。

 俺が届けたクリスマスプレゼントによって、ひとつの命が救われるのだ。

 それは余りにも高価であるために、俺自身はかつて我が子に送ることが出来なかった貴重なプレゼントだ。

 そのプレゼント調達のために、海の向こうの貧しい国で何が行われているのかを、俺はこれまで努めて考えまいとしてきた。

 だが、考えようと考えまいと、事実に変わりはない。

 高度資本主義社会の末端を担う、二十一世紀のサンタクロースは、子供たちの血で真っ赤に染まっているのだ。

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