掌編集

ミラ

フクシマ観光公社

 人気の絶えた駅前商店街は荒廃しきっており、まさにゴーストタウン、死の町だった。福島第一原発から半径3キロ圏内の立ち入り制限区域にあるこの町には、野犬や鴉などが時折姿を見せる以外、動くものとてない。

 と、そこへ突如エンジン音が鳴り響き、辺りの静寂を破った。

 駅前の大通りに荒々しく侵入してきたのは一台の大型バスだった。放射線を遮蔽するためだろう。鉛の板を周囲に張り巡らした異様な姿をしており、車体側面にはゴシック体で大きく『フクシマ観光公社』と書かれている。

 バスは往来の真ん中で停車した。乗降ドアが開き、白い防護服に身を固めた者たちが続々と降り立った。

 彼ら十数人はガヤガヤ騒ぎながら商店街に散らばると、ガイガーカウンターで周囲の放射線量を測定したり、はしゃいだ様子でビデオ撮影などを始めた。

「皆さん、停車時間は三十分です。あまり遠くへ行かないように。時間厳守でお願いします」バスのそばに立った男が拡声器を使って呼びかけた。片手に『フクシマ観光』と書かれた小さい三角の旗を持ち、防護服の胸には顔写真の入った名札を貼り付けている。

「添乗員さーん」と呼ぶ声に彼が振り向くと、一人の若者が薬局の前に置かれているカエルのマスコット人形の頭をなでながら言った。「これ記念に持って帰ってもいいかなあ」

「駄目に決まってるじゃないですか」彼は答えた。

「あ、やっぱり?」

「泥棒になっちゃいますよ。だいいち放射性物質が付着してるかもしれないでしょう。危険ですよ」

「あ、そうか。そうだよなあ」若者は残念そうに項垂れ、「ごめんな。おまえを連れては行けないんだ」悲しげな声でカエルの人形に謝った。

「添乗員さん。このあとの予定は何でしたっけ?」小太りの中年女性がニコニコしながら質問した。

「はい。えーと、まず福島第一原子力発電所内の見学、それから3号機への放水作業を体験していただいた後、全員での記念撮影があります。それから……」

「て、添乗員さん! あ、あれ見てっ」

「え、何ですか」添乗員は女性が驚愕の表情を浮かべて指さす方向に視線を向け、あんぐりと口を開けた。通りの向こうからゾロゾロと数十羽のダチョウがこちらに向かってやってくるのである。

「どうして、こんなところにダチョウがいるのかしら」

「昔、この近くにダチョウ園があったと聞いたことがあります。おそらく彼らは、その野生化した子孫ではないでしょうか」添乗員の声は微かに震えていた。

「わ、こっちに近づいてくるぞ」と誰かが叫んだのが合図のように、それまであっけにとられて立ち尽くしていた観光客たちが一斉にバスに向かって殺到した。添乗員を含む全員が車内に逃げ込んだときには、ダチョウの群れはバスのすぐ近くにまで迫ってきていた。

「愚かな人間どもよ」ダチョウの群れから荘厳な声が響き渡った。

「ダチョウが喋ったぞ」「そんな馬鹿な!」バスの中は大騒ぎになった。

「ミ、ミュータントだ」添乗員が嗄れた声で叫んだ。「放射能で突然変異して進化したんだ!」

 ダチョウたちは慌てふためく人間たちを冷ややかに見つめていた。

「ここはおまえたちの来るべきところではない。早々に立ち去るがよい!」

「運転手さん、早く出して!」「そうだ、早く逃げろ」

 バスが急発進して去っていった後、密集したダチョウの群れの中から薄汚れた格好をした一人の男が現れた。

「案外うまくいったな。これでまた当分静かな生活が続けられそうだ」

 男はそう言って笑った。

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