天蓋と棺
韮崎旭
天蓋と棺
今となっては物置として使われている暗室は眠るのに最適だ。誰も訪れない。常に暗い。埃をかぶっていて、部屋自体が死んでいる。素晴らしい睡眠のための環境。
しかしそれとは全く無関係な明るい部屋で私は、前を漠然と見つめながら、皮膚かそれ以外の臓器なのかわからない何かをさっきから、それともいつから? 引きちぎり、むしり取っていた。どこにそんな力をを足しが持つのかは知らないけれど、食器や工具を駆使して、私は私を剥ぎ取り、抉り、雑に並べた。収穫物には関心がないようだった。さっきから、床の上に生温かい血がしたたり落ちていることに気が付いた。何となくそれを足で踏んで遊んだ。
みちみち、ぶち、ぷち。何かがどこかからはがれて、また床の上に放り投げられた。
部屋の中は夜なのに昼のように明るく、いや昼以上に明るく、まるでコンビニエンスストアのような照明具合で、しかも精神に変調をきたしかねないくらい雑然としていた。具体例を挙げると、足の踏み場がない。
がり、さく。じゃりじゃり。そんな擬音語をあてたくなるような動作でまた私の何かが……私はそいつの解剖学的名称を知らない……私から引き離され分かたれた。
もうずっと、食事はカップ麺などの即席の食品ばかりで、それの残骸か残飯の処分すら怠っていた。シンクからは気分が悪くなるような異臭がした。偏執的に私に模範的な生活を指せたがった愚かで優しい母なら、堕落した生活だと叱責することだろう。世界は失跡で溢れていて、どんなに努力しても避けられない。叱責。減点。叱責。さらなる減点。減点。減点。減点。ぐにゃ。ぱちぱちぱち。減点。また床に落ちる血。減点。私の生存。減点。生活は加点方式でできていない。ひたすらの減点。否定。批判。非難。工具も放り投げる。
皮膚(多分)が、気が付くとトラクターで耕されたようになっていた。ジャガイモを植えるのに好適だろう。ジャガイモはビタミンもきっと含んでいるし、調理の幅が広くて、世界中で食べられているし、おいしい。トラクターってなんだろう。だが私はそれよりほかにするべきことがある気がした。このまま皮膚を耕し続けて血管を駄目にしてしまうとか、私自身の生存の線を切断するとか。
しかし、そのような場面にふさわしいであろう最期の言葉は現れない。私には言語化する機能があまりないのだろうと思う。だから作文でも減点されていた。字が汚いという理由で。字が汚いのは生まれつきで、それは、私が、私の汚い字を読む能力があったためで、誰も私に、その国語教師が私の作文を減点するまでは、私の字が汚いなどとは言わなかったのだから、私が自分の字をどう思おうと勝手だと思うし、私はまだ、私の字を読むことができるから、別に問題はない。
気が付くと床が剥がされた皮膚らしい何かが散らばって部屋の景観に、精神に変調をきたしそうなほどの汚さを備えていた。
天蓋と棺 韮崎旭 @nakaimaizumi
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