8月:おもてなし医療「絵本作家の朗読会」

第36話:おもてなし医療「朗読会」

 七夕で、お互いの思いを確かめあった後、我々は職場では何気ない風を装いつつも、昼の休憩時間や、帰宅する前に会っては、他愛もない会話を楽しみ、幸せに浸っていた。シロイも、ゲルプさんやロートちゃんのことを考えてはいるようだが、楽し気にしていた。


 それにしても、窓際部局「病院再建局」に「左遷」されてから、恋人に――それもシロイである――に出会えるなどと、誰が想像しただろう。想定外の出来事である。それでも、私は毎日を新鮮な目で過ごしていた。


 恋が叶うと、全てが一変して見える。まるで、誰もが自分と同じく幸せであるかのように感じる。

「最近、クロイ先生、優しいわね」

 そんな会話が部局で交わされていた。そうか、言葉の端々に表れているのか。これは、リラにだけは注意せねば。私とシロイが相思相愛だと知ったら、リラは何をしでかすかわかったものではない。


 そのような幸せをかみしめつつも、八月になり、私は「転魂」を潰すための手段が思いつかずに、ひそかに悩んでいた。国家機密でもあり、モモ先輩以外に打ち明けるわけにもいかない。先輩もいろいろ調べてはくれているものの、目立った成果はない。


 シロイが、自分の「ナーメ」は国家から与えられたものだと教えてくれてから、そちらの線でもモモ先輩は調べてくれている。なんでも、かつて「転魂」に関わった医師としての特権として、ネット上で何十ものパスワードをかいくぐり、機密の書類を閲覧できるのだという。




 *******


 そんな仕事をこなしながら、今日は「おもてなし医療 ~絵本作家の朗読会~」である。八月で、普通の子供たちなら夏休みを満喫するところだが、入院している子供たちにはそれはかなわない。せめてもの慰めとして、子供に大人気の絵本作家を招聘したのだ。これはシロイの企画書が通った。その作家――ボタンさんも、子供が病気で入院しており、その関係で費用も安く抑えて来てくれるという。我々はありがたく、彼女を招いた。会場は、児童用のコミュニケーションルームだ。

「こんにちは、みなさん。お姉さんがボタンです」

 ボタンさんは、にこやかに子供たちの前であいさつする。だが、ボタンさんは、どう見ても熟女世代、「お姉さん」ではなかろう。薄いフリルが付いた真っ白なブラウスに、真珠のペンダント、ショッキングピンクのフレアスカートにシルバーのミュール。ミドリさんよりはましだが、かなりの若作りである。

「おばさん、おばさん!」

 入院児童の中でも、特にやんちゃな男の子がはしゃいではやし立てた。その時、ボタンさんの目がきっと光った。

「もう一度、おっしゃい」

 少年は、押し黙った。身の危険を感じたのだろう。それは、私でもびくっとするくらいに「恐ろしい」地声だった。モモ先輩のそれに似ている。


 まあ、そんな始まりではあったが、ボタンさんの朗読はとても上手だった。

「八月のサンタクロース」という童話で、夏の時期にサンタクロースは何をしているのか、という内容だった。そんなことは考えたこともなかったので、私も面白く拝聴した。

 彼女によると、夏のサンタクロースは、トナカイと一緒に海にバカンスへ行っているらしい。そして、花火大会が好きなのだそうだ。海では、赤いふんどしでトロピカルジュースを飲みながらくつろいでいるという。

 ……嫌なサンタクロースだな。

 それでも、子供たちは面白がって聴いている。そしてボタンさんは乗ってきて、トナカイがサンタを動物愛護団体に訴えること、サンタには労働基準法がないことなども脱線して語り出した。

 ……なるほど。そんな視点はなかった。

 こちらは大人向き、児童たちはあくびをしながら聴いている。


 そして、ラストはサンタが花火大会で、季節外れの雪を降らせるところで終わった。なかなかきれいな終わり方だ。拍手が沸き起こる中、ボタンさんは照れたように笑っている。

 最後に彼女はポケットマネーで、小型の自作絵本を配り始めた。

「ボタンお姉さんが、季節外れのサンタクロースですよ~」

 などとだみ声で言いながら、彼女は笑顔で本を児童たちに渡し、その喜ぶ姿を見て、にこにこしていた。

「ボタンさん」

 私はあることを思いついて声をかけた。

「ボタンお姉さんです」

「……ボタンお姉さん。この本を、一冊買いたいのですが。ある子にプレゼントしたいので」

「あら、ドクターのお子様かしら? 」

「ええ、まあ、そのようなものです」

「よろしいですよ、お金なんて気になさらないで。私は呼んでいただけて、病気の子供たちの役に立てたことがうれしいのです、病気の子供たちは優しいですね。やさしいから病魔に取りつかれるのか、病気だから優しいのかはわかりませんけれど」

 そう言うと、ボタンさんは荷物の多いブランド物の鞄の中から、一冊のきれいな絵本を取り出した。

「これをどうぞ。包装はしてありませんけれど」

「ありがとうございます」

 私は、その真新しい『真夏のサンタクロース』を持って、シロイのところへ行った。

「シロイ。これを、ロートちゃんに」

「あっ、ありがとうございます~! ロートも喜びます~! 」

 シロイは、絵本を手にしてにっこり笑った。月の笑みだった。やはり、シロイには夜が似つかわしい。幻想的な夜、月明かりの中で微笑む白薔薇……。

「きょーかん、ロートに手渡してあげてくれませんか? 偽造ICカードもまだありますし」

「いいのか」

「はいっ! その方がロートも喜びます! あの後、ロートはきょーかんの話ばっかりで。とても気に入ってくれたみたいです~」

「そうか」

「ゲルプのこと、言っていませんから、本当のお父さんのように思っているのかも。あ、教官はもちろんお若いですよ! 」

 ……フォロー、感謝する。

「では、仕事を定時に終わらせろ。それから病院に向かう」

「はーい」

 シロイは、絵本を手にしたまま、スキップしてコミュニケーションルームを出ていった。私も、その後から執務室へ向かった。

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