第24話 厚生省とシロイの因縁ー不幸の元凶

 それから我々は、ブラウ長官の狭心症手術の可能性などについて話し合い、循環器内科のグレイという医師と会って、タッグを組むことになった。

 ヴィオレットは途中で席をはずしたが、彼女は真に「マッドな」医師であることがすぐにわかる冷酷で人を小ばかにしたような目つきでこちらを見ていた。

 私は、この「殺人計画」に加担することになるのか……。しかし、拒否すればシロイに危害が及ぶかもしれない。

 いつか、シロイの書類が厚生省から回ってきたとき、彼女が当局から監視を受けているとは全く思いもしなかった。

 いったい、シロイは何者なのだ。そして、もしかすると「転魂」のことを知っているのか? シロイとブラウは、どんな関係なのだ?

 だが、私は国家機密である「転魂」のことを、シロイに聞きただすわけにはいかなかった。


 私は、厚生省から戻ると医局へ向かった。モモ先輩に報告したかったからだ。先輩は医局にいなかった。聞くと、まだ「相談室」にこもっていると言う。私は静かに「相談室」のドアをノックした。

「先輩、戻りました」

「あら、お帰り」

 先輩は、沈んだままだったが、声を振り絞った。苦くて硬いピンクグレープフルーツを絞るように。

「あんた、アタシがやったこと、聞いた? 」

「……はい」

「最低よね、アタシ。若かったけれど、厚生省からにらまれるのが怖くて、あんなことやるなんて。今でも、夢に見るのよ。ゲルプさんの哀しみの顔」

「哀しみの顔……? 」

「嘆きのブラウ」の、こわばって動かない哀の表情が浮かんだ。

「そう。ゲルプさんは、手術の時、哀しみの顔で受けたものだから、ブラウ長官の魂の器――「 空蝉(うつせみ)の身体」になっても、表情がそのまま動かないの。そして、アタシがメスを入れる際に、麻酔しているのに、不思議に涙が零れ落ちて。それが、長官の左目の下に、『涙のしみ』になって遺っているのよ。だから、『嘆きのブラウ』というあだ名があるの。人間って、哀しいわね……」

 そうか、そういうことだったのか。私は、長官に会って不思議に思ったことの数々が氷解した気分だった。

「先輩は、ゲルプという男性がどんな人だったのかご存じですか」

「……」

 先輩は、いっそう暗い顔をした。だが、私の目を見据えて、努めて自分を励ますように告白した。

「ゲルプさんは、シロイの元恋人よ。あの子は……そのことで、厚生省から監視を受けているわ。秘密とされているドナーの関係者ということでね。それ以上のことは知らないわ。でも」

 モモ先輩は、やんわりと微笑んだ。そして、立ち上がり呆然としている私の肩を叩いた。

「あの子を愛するなら、あの子の過去も愛しなさい。『転魂』は、あってはならない『医療の闇』で、シロイを不幸にした元凶よ。全ては、あんたが判断しなさい。あの子を愛して、『転魂』をつぶすか、あの子をあきらめて、復職のために『闇』に手を染めるか。アタシは、もうまっとうな医者には戻れない。人当たりがいいのも、その罪滅ぼしよ。できれば、あんたには、そうなってほしくない。あんたには、『慈しみの医師』であってほしいわ」


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