第20話 思い出の味

「では、弁当をいただこうか」

「はいっ、これっ! 」

 シロイは元気よく、ランチトートバッグを私の目の前に置いた。私の好きな深い緑色のバッグに、花模様が描かれている。

「きょーかんが、緑色お好きだったと思って、このバッグにしました~ 」

「そうか。感謝する」

 私は、内心ガッツポーズをしながらも、平静を装った。

「開けてみてください~ 」

「では」

 トートバッグの中を見ると、アルミホイルで包まれた巨大な球体の何かが納まっている。私はいぶかしがりながら、ホイルの包みを開いた。

「……なんだ、これは」

「おにぎりです~ 」

 そう、それは巨大なおにぎりだったのだ。丸くごはんを握り、表面は米粒が手につかないためか、黒い海苔で覆われている。まあ、のり弁のおにぎり版だ。

「見ればわかる。なんだか、唐揚げの香りもするが」

「はいっ、おにぎりの中に、唐揚げとウィンナー、卵焼きが入っています~ 」

 具とおかずが一緒か! どんなおにぎりだ! それに……弁当というのは、もっと小ぶりなおにぎりが詰められていて、おかずもおにぎりと同化するのではなく、別個に美しく詰められているものではないのか。私は、思い描いていた弁当の夢と違ったおにぎりを前に、どう反応していいかわからず、無言になった。

「きょーかん、お気に召さなかったですか~? 」

 シロイが、不安そうに聞く。私ははっとして、努めて笑顔を向けようとしたが、口元に微笑をたたえることしかできなかった。

「いや、うまそうだな。早起きしたのだろう? 」

「それほどは~。でも、ちょっとは~ 」

 どっちだ。とにかく、ごはんを炊いて、肉を揚げ、ウィンナーと卵焼きを焼いて、最後にうまくごはんの中にまとめて握るのは、大変だったはずだ。私はシロイの突飛な爆弾おにぎり弁当に感謝して、おにぎりを手にした。


「……うまい」

 本当に、うまかった。それぞれのおかずもうまいが、それが複合的に絡み合い、ごはんの中でまた新しい美味の世界を生み出している。おにぎりとおかずを別に食べていた今までの弁当は何だったのだろう。それくらいに、衝撃的なうまさだった。

 そして、ごはんがうまい。米もだが、水もいいのだろう。シンプルなおにぎりであれば、材料にこだわらなければうまさは出ない。それがシロイにはわかっているのだ。

「ありがとうございます~。おにぎりは、お米と同じ地方のお水を取り寄せて作るとおいしいんですよ~ 」

「そうなのか。いや、うまかった。感謝する」

 食べ終わって、ホイルをたたんでバッグにしまってからシロイに渡すと、彼女は悲し気に笑った。

「お弁当なんて、もう何年も作っていなかったんですけど、おいしく食べていただけてよかったです~。こちらこそ、ありがとうございます~ 」

「そうか。シロイに弁当を作ってもらえる人は幸せだな」

 と、何気なく言って、そこに今彼女の弁当を食べたばかりの自分もあてはまることに気が付いた。私はホットフラッシュに襲われた。更年期か!

「そうですね。家族にだけ作っていたんですけど、事情があって、もう作れなくなって。このおにぎりも、その頃の思い出の味なんです。家族の大切な人との。だから、私も作っていて癒されました。ありがとうございます」

「大切な人か」

「『パパ』です」

「ほう。どんなお父さんだ」

 シロイは、目を伏せたが、やがて顔を上げて明るく言った。

「内緒です~! ただ、きょーかんは似てるところありますよ~」

 おい、老けてるのか、それは。私がため息をつくと、シロイはきゃっとはしゃいでトートバッグを握りしめ、ドアに向かおうとした。


「そうそう、リラちゃんと、わたしがスロットで勝つかどうかで事前に賭けをしたんですけど、わたし、自分がリラちゃんにかなう自信がなくて、負けるほうに賭けたんです~。そしたら、スロットで勝っちゃって、結局事前の賭けには負けて、プラマイゼロでした~。賭けはもうしません~」

 お前、普通は自分が勝つほうに賭けるだろう……。とにかく、カジノから足を洗ってくれてよかった。シロイは、手をひらひら振って、部局へ戻っていった。


 私は、ひとつのおにぎりで十分に満たされていた。おいしいものには、人を癒す力がある。

 今度、病院の食堂改善案を出してみるかな。おいしいものを出して、患者にも、関係者にも喜ばれて、病気も吹っ飛ぶような……。

 そのときは、メニュー開発担当にシロイを抜擢しよう。そうだ、それがいい。

 私は、四月の昼下がり、新しい企画書作成にとりかかった。シロイの長所を生かす立案をしてやるために。




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