第17話 変態理事長の恋
「みなさん、今日は、あたくしのためにミスコン……『ミスターコンテスト~セクシー花婿ドクターだよ! 全員集合』」にご参集いただきありがとう」
少女理事長ゴルトは、にこやかに「ミスコン」大会のあいさつを述べた。さすが元官僚、手慣れたものだ。
だが……やはり彼女は変人だった!
なんと、スタンドカラーは付け襟、紅色のアスコットタイの下には、肌の露出がすさまじい黄金色に輝くビキニ同様の衣装だ。まあ、バニーガールの衣装を思い浮かべていただければわかることだ。
寒いのか、肌の部分は、バレリーナのチュチュのように、シースルーの薄い布地で覆われてはいるが、普通の男への破壊力は目に余るものがあるだろう。
下半身はなんとかピンクのパレオで覆われてはいるが、深いスリットの入ったロングスカートに匹敵するセクシー攻撃だ。
そして、髪は本名通り、深い紅色に染めて無造作に編み、金色のカラコンを入れ、唇はグロスで輝くマットなゴールド。首元には、ハートにキューピッドの矢が刺さったタトゥー。大きなハートモチーフに、吹き流しのように風に揺れる長い金色のリボンが付いた、重そうなピアス。
これは……既に派手な変人を超えて、「セクシー変態」だ。あのミドリさんがかわいく思える。
あの後聞きこんだ情報によると、側近は全て美男子で固めているらしい。なんでも、男は「自分を引き立てる添え物」であり、「刺身のツマ」であるが、自分よりも劣るのが条件でありつつ、パートナーにふさわしい美しい容姿でなくてはならないという。
デスクには、ロココ調のデコラティブな鏡が置いてあり、高価な化粧品が並ぶドレッサーと化しているとかいう噂だ。
どれだけ自分が好きなのだ。そして、その「ミスコン」のサブタイトルのセンスをどうにかしろ。
「さて、それでは、候補者のみなさん。その肢体をお見せください」
肢体……ゴルト理事長が言うと、どことなくエロティックに聞こえる。あるいは「死体」と脳内で変換されるのは、リラの記憶のせいか。普通に体と言え。
「候補者」の哀れな男たちは、悲痛な表情で、病院の中庭に設けられた特設ステージに並んだ。みんな、部局の「人身御供」たちだ。目に見えない、「我々は、ゴルト理事長の目から生還するための同志である」という濃い絆が、我々の肉体に結び付けられていた。
月下老人という、縁結びの神様は、赤い糸を恋人同士に結びつけるというが、我々には鯨幕のような「喪」の糸を結んで去っていったらしい。
もちろん私も、これまでの人生で一、二を争うぐらいげっそりして、水着姿で横一列の間に加わっていた。サーフタイプの水着は、なかなかのセンスだったが、濃い灰色で、どことなく喪の色――「ニホン」でいう「鈍色(にびいろ)」を思わせた。
遠くからは、物好きな各部局の女子たちが見守って、我々を品定めしている。ドクターの品評会か。
そこにはリラが混じって、オペラグラスでなめるように、私の腕とほどよく浮き出た骨を観察していたが、私は無視した。怒って血圧が上がり、この冷えた空気の中で脳の血管がぷっつり切れては命にかかわるからだ!
リラの視線を避けるべく、ちらりと横を見ると、死んだ魚のような目をしたローザが震えて立っていた。
ローザは白いふんどしだ。しかもご丁寧なことに、ピンクの絹糸で「モモ」と刺繍されている。
私の脳内に、連日夜なべして、ふんどしを一針一針呪いのような思いをこめて手縫いするモモ先輩の姿が浮かんだ。先日見かけた時、珍しく目の下に隈ができていた彼(女)の姿が目に浮かぶようだ。
「ご婦人」に類するモモ先輩に、優しいローザは逆らえなかったのだろう。心臓血管外科の犠牲はローザか。……まあ、そうだろうな。
我々は目が合い、二人とも弱々しく笑った。その笑みで、お互いを苦い思いで、気遣ったのだ。
私は、女子たちの前列でローザをデジタル一眼レフでパシャパシャ写し、「カメラ小僧」ならぬ「カメラオネエ」になっているモモ先輩には気づかないことにした。
「では、始めます。みなさん、一人ずつかくし芸を披露してください」
かくし芸……大昔に放映されていた新年のバラエティ番組の見すぎじゃないのか。それにしても、私は水着を着なければならない、それももしかしたら、シロイの目に映るかもしれないと、ジムで鍛え直していたので、そんなものを用意する暇はなかった。どう乗り切るか。
男たちは、手品に、ボディービルダーのようなポージング、果ては謡の「高砂」を謡うやからまでいた。ローザは、母国語の詩を披露した。韻を踏み、抑揚をつけてうまく吟ずるので、ゴルトは笑顔で聞き入っていたが、外国語が得意な私には、その詩が自分の不幸を嘆く詩であることが分かっていた。元留学生ならではの特権だが、なかなかの度胸だ。私はローザを見直した。
「では、クロイ先生。お願いいたします」
ゴルトが、マイクを持って鼻声で告げる。晴れているとはいえ、花冷えとはよく言ったもので、かなり冷え込む昼だ。「セクシー変態」の彼女は薄着であるから、風邪をひきかけているらしい。ざまあ……いや、品が良くないな、失敬。
「では」
私は、待っている中で考えていた「かくし芸」を披露した。
歌だ。実は私は、「聖ルカ医科大学」の学生だった頃、男声合唱部に所属していたことがあった。その時、私はバリトンのパートであった。そんな青春時代に歌った合唱曲を、ア・カペラの独唱で歌うことにしたのだ。
私は咳払いをし、声が出るか少し確かめてから、旋律を舌の上に乗せ、歌い出した。
「――なんとおまえはうるわしいのか、やさしい静寂、天上の安らぎよ!」
私の目の前に、月の光がやさしく照らす、やわらかで甘い夜が拡がった。そこには、月光のような白銀の髪を持つ、女神「月娘(ユエニャン)」が立っていた。
振り返ると、それは静かに白薔薇のように咲いたシロイだった……。
シロイ……お前は、私の中で「夜」だったのか。
歌が終わると、ゴルト理事長は立ち上がった。自然に拍手が沸き起こった。理事長も、まだ少女らしいあどけなさを残した笑みを浮かべて、そっと手を叩いている。
そして彼女はマイクを手にして、信じられないことを言ったのである。
「クロイ先生を、わが花婿に迎えます! 」
その時、彼方に白銀の髪がちょこちょこ動いて、前をよく見ようと苦心しているのが分かった。アルビノで、もともと弱視のシロイが、私を見に来たのか?
シロイ……。私は、私は……。
「理事長、私は、お受けできません」
私は、きっぱりと言った。部局の予算がなんだ。そんなもの、私が三倍の仕事をして取ってきてやる。予算は、もらうものでなく奪うものだ。
ゴルト理事長は、柳眉(りゅうび)を逆立てた。
「あたくしに逆らうおつもり? 」
「残念ながら」
私は、そのまま背を向けて、立ち去ろうとした。
選ばれたのが自分ではなかったことに安心する暇もなく、並んだ男たちは、どうなることかと冷や汗をかいて見守っているようだ。
その時、ちょっと首をかしげ、腕組みをしたゴルト理事長が、つかつかと歩み寄ってきて、私の背中のにおいをかいだ。へ……変態だ!
「うん、仕方ない。あなた、恋している男のにおいがします。あたくしでない、誰かに。今日のところは、引き下がりましょう」
私が、恋……だと? まさか、まさか……。私は、雌ライオンに獲物として鼻面を近づけられたように震えながら、あわてて打ち消した。
「今日は、お開きにいたしますが、あたくしはクロイ先生をあきらめません。みなさん、応援を」
しんとしたが、理事長は殺し文句で脅した。
「予算を組んであげますよ。ボーナスもアップ、臨時手当も」
一斉に拍手が起きた。裏切り者!この瞬間、私は「聖ルカ病院」の医師たちを敵に回した……気がする。
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