4月:花冷えのミスコンー人身御供は予算のためー
第14話 「ミスコン」in 聖ルカ病院!?
「はい、あーん」
四月のある日のことだった。私は、先月ミドリさんを看取った時の「おもてなし医療」の報告書を仕上げるために、当事者である看護師ローザにも書類作りに協力してもらわねばならなかったために、昼休みになると直々に心臓血管外科医局へ向かった。この日、ローザは入院病棟での業務だったので、病棟のナースステーションに行くと、モモ先輩に呼び出されて医局へ向かったという話だった。
それで、久しぶりに医局に入ると、ローザがその薄い金色の眉をへの字にして、冷や汗をかいているようにじっとりと額を濡らして、モモ先輩から弁当を食べさせられようとしていた。
先輩は、もともと金髪に染めているが、ローザに合わせるべく、より自然な色に染め直していた。そのピンクの瞳には、ハートマークが浮き出している。
そして、箸で唐揚げをつまんで、ローザが必死に顔をそむけようとするのも意に介さず、その口に押し付けていた。私は、心の中でそっと、ご愁傷さま、とローザに手を合わせた。
「ローザさん、ちょっといいか」
とりあえず、ねっとりとしたモモ先輩の慕情から解放してあげようと、また仕事を完遂するためにも、私はローザに声をかけた。彼の顔に、地獄で仏に救われたかのような安堵の表情が浮かんだ。
(ああ、クロイ先生、『蜘蛛の糸』をありがとうございます! )
そんなローザの心の声が聞こえた。あんたはカンダタか。その細い救済の糸を、地獄にいて、糸をつたい、這いあがって追ってくるモモ先輩に引きちぎられないように、彼はこれ幸いと席を蹴るように立った。
「はい、それはもう大歓迎でございます。なんでもいたします。クロイ先生にもし何かありましたら、介護もいといません。おしめ替えでも喜んでさせていただきます」
そこまで言うか。それに年から言うと、七歳年上のあんたが先に介護を受けるんじゃないのか。私は、「再建局」に異動してからおそらく千回はついているため息をこらえた。
そして、「愛の時間」の邪魔をされたモモ先輩が、つまらなさそうに弁当を食べ始めるのを見計らって、私はローザに仕事の話をした。彼は快く了承すると、
「では、私はカンファレンスがありますので、これにて失礼いたします!!」
と、これ幸いに仕事をダシに脱兎のごとく逃げ去った。いや、ウサギだってあんなに逃げ足は速くないだろう。
「あーあ、ローザちゃんに食べてもらおうと思って、せっかく早起きして唐揚げ二十個揚げたのに」
モモ先輩が、逃げたローザの後ろ姿にじっとりと湿気を含んだ視線を送りつつ、つぶやいた。
そういえば、今日のモモ先輩の弁当は重箱だ。ちらりと目をやると、その中には唐揚げが二十個に、いなりずし、のり巻き、ウィンナーに卵焼きが詰まっていた。なんだか、昔懐かしい、母親が手塩にかけて作った運動会の弁当のようだ。
そして、いつのまにかローザは「ちゃん付け」に格上げされていた。モモ先輩の中での恋愛対象の親密さは分かりやすく、最初は呼び捨て、それから「さん付け」そして「ちゃん付け」となって、最終的には「はにぃ」になる。
これは、かなり危ない。ローザが最高の存在「はにぃ」になる日も、遠くはないだろう。
「クロイのおしめ……」
モモ先輩が、先ほどのローザの余計な一言に反応して、弁当を食べる手をやすめてうっとりしている。
私は矛先が自分に向かわないように、モモ先輩の気を反らそうとした。
「先輩、今度飲みに行きませんか。おごりますよ。いい店を見つけたので。『マッスル美形』の二号店、『ジェントル執事』です。執事居酒屋らしいですよ」
まあ、「メイドカフェ」の執事版居酒屋だ。
といっても、私が自発的に探したのではない。ディープな美形好みらしい、うちの部局の女子会宴会部長のデスクの上に載っていた開店チラシを見ただけだ。それがさっそく役立つとは、無駄な情報などなかなかないものだ。
果たしてモモ先輩は、目からピンクのビームを出しそうな勢いで、話に乗ってきた。
「あらまあ、クロイ、気が利くわね。ああ……素敵な美形の執事に仕えられてみたい……。できれば、少年の執事と、あとやっぱりおじさまの魅力があるロマンスグレーの執事もいいかも……」
私は、妄想の中で「お嬢様」になってイメージの執事に仕えられてウハウハのモモ先輩を置いて、そっと医局を出ようとしたが、詰めている女医たちの話が、私の耳に届いた。
「ミスコンが開催されるんだって」
「ほんと? 賞金出るのかな」
「すごいらしいよ。各部局から、参加者を選出して水着姿で審査して、いちばん美人の部局に、一千万イェンの予算、それも理事長のポケットマネーよ」
ミスコン?そんなイベントがあるのか。それにしても、そんなくだらんイベントに一千万イェンも出すなら、貧乏窓際部局のうちに出してくれ。
……もし参加するなら、うちの部局からも出るのか。誰だ?
そこまで考えた時、脳内にぼさぼさ髪で笑うシロイが浮かんだ。……ありえん。あれの魅力は私だけが知って……、と何を考えている!
私の病は進行している。もしかすると、仕事がストレスになって、解離性離人症を起こして、現実と自分の感情の見極めができなくなってしまっているのかもしれない。しかし、離人感の特徴である、自分が遊離して、自らを傍観者のように眺めている感覚はない。
やはり、現代医療では発見されていない、未知の病か。優秀な人材にしか発症しない病なのかもしれない……。
私は、そんなことを考えながら、部局へ戻っていった。
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