第9話 チョコを賭けた勝負(ギャンブル)

「リラ。チョコを持って出ていけ。どうしても出ていかないなら、実力に訴える」

「どんな?」

「ギャンブル一本勝負だ」

 リラの黒い瞳がぱっと光った。リラは、筋金入りのカジノ、つまりギャンブル好きである。なんでもポーカーを愛し、ベット(賭け)の時は、一度にポーカーチップ一枚につき百万イェン賭けるのだそうだ。そして、かなりマイナーなルール、ローボール(役が低いほど強い)を好み、勝負はどうでもいいのだという。すなわち、大金を「賭ける」という行為自体に、「生きている」実感を見出すのだ。先ほどジャンプでこちらに乗り移ってきたのも、そうした危険に「生」を見出す、彼女の逆説的な嗜好がある。

「よろしいでしょう、よろしいですわ! 乗りましょう! 」

「では、カードはないがダイスを使う。ここにあるから、調べろ」

 私は、デスクの引き出しの鍵を開けると、小さめのさいころを取り出した。そして、それをリラに渡して、チェックさせる。

「異常はないか」

「はい、確かに」

「奇数か偶数かどちらか好きなほうを選べ。ダイス一個でやる『 樗蒲一(ちょぼいち)』だ」

「面白いですわ。では……わたくしの年齢、二十六歳にあやかって、偶数とまいりますわ」

「よし、勝負だ」

「ああっ……生きてる……生きてますわ! この興奮!」

 再び目をむいて発作を起こしそうな勢いで叫ぶリラを尻目に、私はさいころを受け取ると、机の上にあった、コーヒー用のマグカップの中で振った。ころころと音がして、さいころが止まった。

「さあ、どちらかな」

「偶数! 偶数よ! 」

 私がマグカップをそっとどけると、……さいころは、奇数だった。

「う、嘘っ!」

 私はさいころを手に取って、再びリラに渡す。

「よく見ろ。普通のダイスだ」

 リラは半狂乱で調べるが、やがてあきらめがついたようで、ため息を一回ついた。

「負けましたわ、教官。さすが、私が見込んだ方。素敵ですわ。では、約束通り、去りましょう」

 彼女は、チョコを取って、白衣のふところに入れた。溶けないのか……。そして、ピーッと指笛を鳴らした。


 また、ギュギュギューンと爆音が鳴り、エアバイクが窓の外で停止した。最近のエアバイクは音が静かなのが主流だが、このリラのバイクの好みは派手だ。古語である「愚連隊」みたいな趣味だ。

「アディウ、教官! 」

 リラはウィンクして、窓に突進し、バイクに合図した。すると、バイクの前輪が窓をぶち割った。バリバリと、地面が引き裂かれるようなものすごい音を立ててガラスが割れ散った。その破片を、ヒールでパリパリと踏んで、リラはまたもやバイクに飛び移った。そして、彼らは去っていった。

 真冬に窓を割るな! 弁償しろ!

 とにかく、寒くてここでは仕事にならない。私は部屋のガラスを処理してもらうために、医療用インカムから、部局の秘書を呼びだして、掃除をしてもらうように伝えた。そして、部屋を去る前に、リラがデスクの上に置いて行ったあのさいころを取り上げた。そして、袖口からあと二つのさいころを取り出す。


 つまり、さいころは三つあった。一つは普通のさいころ、一つは奇数のみ、もう一つは偶数のみという、珍しいさいころだ。まあ、いかさま用だ。

 これは、モモ先輩からもらった。先輩は、「わんこビール大会」(急性アル中の対処のためにドクターと救急車が待っている、「酒豪の酒豪による酒豪のための大会」だ)で優勝した時の景品としてもらい、興味がなかったのか私に押し付けた。それを、デスクに入れたまま忘れていて、リラへの怒りにまかせて思い出したのだ。

 このさいころに加え、一年だけ所属した大学のマジックサークルの腕もある。袖口にあらかじめ隠しておいた、特殊な二つのさいころ。普通のさいころだけを、リラに見せる。奇数か偶数かは彼女に決めさせ、怪しまれないようにする。そして、さいころをマグカップに入れる直前で、袖口から親指の感覚で、さいころに触れ、リラが選ばなかった奇数のさいころを選んで(いわゆる麻雀でいう「盲牌(もうぱい)」の要領だ)入れ換える。あとは、勝負の後でまたこっそり袖口に入れて、普通のさいころと取り換えるだけだ。

 だが、私は「いかさまではない」とは一言も言っていない。つまり、言葉が足りなかっただけで、嘘をついたわけではない。一言多いリラにはちょうどいいくらいだ。

 私は、さいころをそっとデスクにしまって、書類を抱えて寒い部屋を出た。


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