第6話 シロイの誤解

 翌日、私は絶不調だった。チェイサーなしでウイスキーを飲むくらいに酒には強いつもりでいたが、さすがにあれだけ先輩に付き合って、自制しつつもいろいろな酒をチャンポンで飲んだら、誰だって二日酔いになる。

 早く血中からアセトアルデヒドを排出しなければ。

 私はスポーツドリンクを朝からがぶ飲みし、ふらふらになりつつも出勤した。


 自分を厳しく律する私らしくない。やはり、調子がおかしい……。

 やはり、病気か。もしかしたら、原因不明の病かもしれない。今の医療では発見できないほどの、しかし深刻な……。


 ガンガンと教会の鐘が鳴り響き、坊さんが踊り狂って念仏を唱えているような頭の痛さにぼうっとしながら、私は部局の自分のデスクがある部屋に向かい、ドアを開けた。

 ……そこには、着替えをしている女子職員と女医たちがいた! みんな、何が起きたかつかめないで、一瞬の沈黙が流れた。もちろん、私もだ。そして、気付いた。道を間違って、いつのまにか女子更衣室に入ってしまったことに。

 そして、キャーッと声が上がった。

「クロイ先生の変態! 」

「ち、違う!誤解だ! 」

 ああ……完璧でクールな私のイメージが……。「変態」という言葉に、私は地震で崩壊する免震工事をしていないビルのごとく、がたがたと震えた。

 ショックだからだ! 私にはそんな趣味はない!

「みなさ~ん、きょーかんは変態じゃないですよ~ 」

 間の抜けた声が響く。シロイ! 私を、かばってくれるのか……? お前は、神か?


 ああ、鼓動が……原因不明の病が、進行していく……。


「きょーかんは、女性に興味はないんです~。モモ先生が好きなんですから~ 」

 はあ!? 私は耳を疑った。そして、シロイが神に見えた先ほどの自分のビジョンを激しく後悔した。

 さらにデマで煽ってどうする!

「そ、そうなんだ……」

「あのモモ先生と……」

「クロイ先生、誤解してごめんなさい」

 女子たちは、にこりと笑って、放免してくれた。私は、ぼんやりと、ふらふらしながら更衣室を出た。後ろから、キャミソール姿のシロイが追ってきた。

 馬鹿! シャツくらい着ろ! 目のやり場に困る!

「きょーかん、よかったですね~。実は、昨日部局の女子会で、『マッスル美形』にいたんですけど、モモ先輩ときょーかんが抱き合うのを見て~。激しいですね~、うらやましいっ、このこのっ! 」

 シロイは、きゃっきゃと笑った。ああ、あの女子会の一群は、うちの部局の女子たちだったのか……。道理で、モモ先輩と聞いて理解があるはずだ。

「きょーかん、わたし、そういうのに理解がありますから、大丈夫ですっ! 応援してます~ 」

 シロイは、ぐっと親指を立てて笑顔を見せた。

「誤解だ! 私はノーマルだ! それに、私が好きなのは……」

 かっとなって、そこまで言いかけて、はっと我に返った私は、舌の上に乗せかけた言葉を慌てて飲み込んだ。


 私は、何を言おうとしたんだ……。病気が、どんどん分単位で進行していく……。死ぬかもしれない……。


 シロイは、ちょっと首をかしげたが、キャミソール姿であることに気付いたようで、恥ずかしそうに更衣室に戻っていった。

 私は、廊下に一人取り残された。

 シロイ……キャミソールなど、着ていたのか。肌色のババシャツだと思っていた。

 そこまで考えて、彼女の下着同然の姿が脳裏に焼き付いていることが恥ずかしくなり、私は二日酔いの頭を振りつつ、部屋に戻っていった。


 私が、原因不明の病で死ぬのが早いか、シロイの誤解が解けるのが早いか……。神のみぞ知る。


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