第3話 「第1回おもてなし医療」は結婚式!?

 初めての「病院で結婚式」イベントは、早くもその次の週に行われた。産婦人科病棟に入院している、二十八歳の女性で、名前はユリといった。このユリさんは、悪性腫瘍のために、子宮を全摘出することになっている。その手術の2週間前、まだ「女」であるうちに、婚約者と結婚式を挙げたいのだという。

 このイベントに、提案者のシロイの教官である私も、仕方なく同席した。


 式は、個室を借り切って行われた。簡素ながらも花で美々しく飾られ、ベッドから起き上がって、なんとか看護師たちの助けを借りながら、ウェディングドレスに着替えたユリさんは、幸せそうだった。婚約者の男性は、タキシードではなく礼服を着こんでいる。この男性も、ユリさんの手をやさしく取って、彼女の祖母に見せてあげるのだという自宅用コンタクトテレビ――受像機を通して、人々がコミュニケーションを取れるテレビで、イベントごとには人気だ――撮影に笑顔で参加していた。

 式には、担当医と病棟の看護師たち、ユリさんや婚約者の友人たちが出席して、和やかな雰囲気で行われた。ベッドの上で、サムシングブルーを象徴する青い花を一輪入れた白薔薇のブーケを持って、記念撮影をするユリさんは、この病棟の今日一番のヒロインだった。シロイは、いつもの安物Tシャツではなく、上品なサーモンピンクのワンピースの上から、白衣をはおり、首元にはいつのまに買ったのか、クリスタルの輝くペンダント、耳元にはパールのイヤリングを飾って、ユリさんと一緒にはしゃいでいた。

 私は、一応白衣の下にとっておきのぱりっとしたおろしたてのスタンドカラーを着こみ、彼らを祝福した。そして、今までついていけないと思っていた、このシロイのノリにいつのまにか巻き込まれている自分に気付いた。

 ……まあ、悪くはない、か。それにしても、シロイは、やればおしゃれができるんだな。

 いつのまにか、私はシロイの方を見ていた。白銀の髪が、柔らかい病室のあかりに照らされて、きらきらと輝いている。薄いブルーの瞳からは、ユリさんたちの幸せからもらい泣きして、涙がたまっている。そして、ブーケトスが行われ、花はシロイの両手に収まった。

 ……シロイは、優しいんだな。

 そう思った瞬間、私の目の前にシロイが現れ、私の目をのぞきこんだ。

「きょーかーん、これ! 」

 手渡されたのは、先ほどシロイが受け取ったブーケだった。

「ばっ……馬鹿! 私は男だぞ! 」

「知ってますよ~。でも、きょーかんに、いつかいい人が現れたら、いいなって~」

 シロイは、にこりと笑った。彼女のクリスタルのペンダントが、花のほころびのように光った。私の胸は高鳴った。

 ……ば、馬鹿な! 相手はシロイだぞ! そうだ、不整脈に違いない。心臓血管外科に立ち寄って診てもらおう。

 どうも、今日は調子が狂う……。私は、手にしたブーケを見ながら、どぎまぎしていた。


 そして、この「病院再建局」で、これから自分がどんなことができるのか、ぼんやりと考え始めていた。自分の、医療に関する実利主義が変わり始めたのを感じながら、私はブーケをなんとなく手荒に扱えず、マンションまで大切に持って帰った。そして、クリスタルの大きめの花瓶に差して、しばらく見とれていた。

 クリスタル……白薔薇……シロイ……。

 私は、いつのまにか微笑んでいた。久しぶりの笑顔だった。

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