深夜のファミレス

朝に光が射すように、日々が浮き足立つように日常が輝き出す。昨日まで意味を持たない

風景が、街中で流れる音楽が全て心地いい。

『恋の特権』だ。


蓮見修二は頬を緩めた。

色のない世界が色を持つ、味気ないアパート

の一室へ帰る憂鬱はあの日から一転した。


無名のダンサー、一橋美蘭との出会いで…

彼女の夜の練習風景を眺めた後で深夜のファミレスに行く仲にまで発展した。


僕が多くを食べる時もそうでない時も、

彼女のメニューはシンプルだった。

「豆腐とセロリを食べてれば大抵は太らない」が彼女の持論だ。ヘルシーフード、飲み物は紅茶やハーブティー。果物にはお酢をかける。だが時々箍が外れたようにピザも

パスタもポテトもデザートも豪快に食べるところも好きだ。


初対面の缶コーヒーはなんだったのか?

異例中の異例だそうだ。


美蘭が何故この道を選んだか

何に向かっているのか、日常の他愛無い

話しを深夜のファミレスで繰り広げた。


美蘭は沢山ダンスの話しをする。

『今日はパドブレターンで怒られた』とか『エンカウントがズレてて気持ち悪い』

相変わらず内容は意味不明だが、彼女の言葉が聞ければいい。


ダンス一色の彼女の生活、会話、生き方は

全てがストイックで斬新だ。僕は初めてグッチやビトンに興味のない女性に出会い、

『チャコット』の存在を知る。

その世界に足を踏み入れて見たくて、美蘭の

喜ぶ顔を浮かべて店先まで行ったが、

顔から火が出る恥ずかしさだった。


ともかく、美蘭と出会い音の世界を知り

R&Bの世界の扉も開いた。

BOBのBeautiful Girl や クリス・ブラウンのwith you に耳を傾け他にもグラミー賞

の選考員並みに音楽に詳しく好きになる。


「修二も一度やってみればいいよ」

ある時、深夜のファミレスでドリンク片手に

サラッと美蘭が言った。

「僕なんか柄じゃないよ、無理無理」

「ダンスは愛されるためにある。上手い下手

じゃないんだよ、音楽を表現するのだから」

『美蘭のいる世界に足を踏み入れられるのか?』

『美蘭の景色が色濃く見えるのか?』

躊躇う僕をからかうように

「私のいる世界においでよ」冗談とは思えない口調で熱を込めていう。


もしも言葉に羽があるのならそうなのかもしれない!

僕はそれくらい美蘭に夢中だった。


ダンサーとしても、女の子としても、

女性としても、アーティストとしても、

リスクを背負った彼女の生き方が好きだった。


「いいよ、やってみようかな」美蘭の言葉に乗っかる。

「修、すごいよ、約束だよ」美蘭が嬉しそう

に表情筋に皺を作る。


僕の仕事のプレゼンにタイアップして

彼女を本気でバックアップしたい気持ちはこの頃から強く現実味を深めてゆく。


美蘭を異性として無論好きだ。だがそれより

ショーウインドーに飾られている宝石や

未だ誰にも食べられていないデコレーションケーキのように誰にも触れさせたくない思い…の方が強い。

一般的な女性よりもっと数段上の『聖域』のような存在になっていく。


だから彼女を『特別枠』『別格』の位置へ

引き上げたい、そう本心で思った。


彼女のプロデュース秘話と

僕のダンスデビューの話はまた今度!



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