真夜中のダンサー
suwan
第1話 駐車場の出会い
大都会ではないが、都会に比較的近いこの場所の夜も例外ではない。
真冬の夜は寒くて暗くて静かで孤独だ。
僕は完全に行き詰まっていた。
クリエイターとして働いているが、湧き出る
ようなアイデアがない。
焦りが全身を駆け巡る。
なにか捻り出さなければ…
家に帰っても部屋には入らず、真っ暗な駐車場で車に乗り込みバンドルに突っ伏す。
絶望感が押し寄せる。このままだと、居場所を失う。他に潰しが利く資格もない。
ジリジリと押し寄せる負の波に飲み込まれそうな、そんな夜だった。
シンと静まった深夜の駐車場に、皆が寝床に
つくようなこの時間帯に、スエット姿の女性が現れ動き出す。
「うん?なんだろう」
状況がよく分からなかった。
若いと思われる女性が周りの様子を気にしながら誰もいないことを確信して、リズミカルに体を躍動し始めた。
『ダンスの練習?』
彼女の脚がビートを刻み、首の頷きで音のリズムが伝わる。
ヒップホップダンス?ダンスのことはよく
分からない。納得するまで同じ動きを何度も何度も繰り返す。
視線、流れ、関節の動き、身体の僅かな傾きで同じ動きでも違って見える。
『すごい努力の人だな』 僕は見入っていた。
死ぬほど嫌いな言葉『努力』
だが見せない努力を積み上げる姿は美しい。
宙を仰ぎ、断念したかなようにピタッと動きを止める。終わったのか?
次の瞬間、全く違うジャンルの動きを始める。ダンス音痴の僕でも分かる。
よくバレエ教室とかで見るそれだった。
一本の線の上を螺旋上にクルクルする動き、
『見事だ』体の軸が全くブレがない。
それは後にバレエ用語のシェネということを後から知ることになる。
そういえば若い頃、付き合っていた彼女が
『フラッシュダンス』を見たいと言って映画館に足を運んだことを思い出す。
当時のダンスは四肢をピンと伸ばした単純な動きが多い印象だが、最近の動きはもっと複雑で洗練されている。
目の前の彼女は、基礎がある上で崩せる
それで野暮ったさを感じさせない、激しさ
エネルギッシュ、情熱的、しなやかさを持ち合わせていて、動きで僕を魅了した。
ふいに夜空から、まるで演出のようにに雨が降り始める。
彼女は降り注ぐ雨を歓迎するように、さらに
身体を駆使する。その姿は汗を弾くような
シルエットとして夜の闇を飾っていた。
僕はたった一人の観客になった気分だ。
その瞬間電流のようになにかが閃く。
『そうか、これだ‼︎』僕が車中で興奮のあまり体を弾ませる。
そ僕の気配に気付いて彼女は動きを初めて止めた。
闇の中で視線が合う、絡む。
細身の子だなと思っただけだったが、
正面から捉える顔は小さく、化粧気がなくても綺麗な顔立ちをしている。
凛としてひたむきな表情に僕は引き込まれて
しまった。
僕は迷った末に車から出る。
「その、怪しい者じゃないから」
驚きと困惑の混ざった顔で言葉を失っている。
「雨降ってるよ、寒くはないの?」
彼女は少し警戒心を解いた様子でニコッと表情を変える
「全然平気」
「その、ダンス上手いんだね」よく分からないくせに下手な感想を言う。
「そうかな、あまり言われたことないけど」俗に言うサバサバ系女子。
「私のレベルなんて全然ダメ、ザラにいるし
経験もないし」
『全然』はどうやら彼女の口癖らしい。
「どのくらいやってるの?」
「まだ10年、くらいかな」
「10年ってすごいんじゃない」
「コンテスト出て賞とか貰えない限り無理」
なにがどう無理か分からないけど、彼女も
もがいている。
「一息つかないか?」僕は気楽な口調を装った。じっと僕を見据えた瞳は下心がないか見透かしているようだ。戸惑いながらもこくんと彼女が頷く。
近くの販売機で温かいコーヒーを買って手渡した。雨は小降りだが、雨を凌ぐ場所で冷たいコンクリートの上に座る。
物音一つしない夜の駐車場で初対面の2人
の男女が缶コーヒーを飲む風景…
なんだか気恥ずかしい気分と新鮮さが交錯する。
『しまった、女性は紅茶か』
「これでよかったかな?」
またこくんと頷き
プルトップを引いてゴクッゴクッと
喉を鳴らして気持ちよい飲み方をする。
可憐なイメージが台無し、CMのおっさん
みたいじゃないか…唖然。
緊張が解けた僕がふっと笑う。
「どうかした?」
「いや、女の子にしては豪快だなって」
「まぁよく言われるんだ」
ふうっと息を吹きながらチビチビ飲む僕の方が女性ぼくて女々しい。
話題を変えた。
「なんでそんなに頑張れるの?」
「夢、だからかな?いつか大きな舞台とかで踊りたいの」
「夢か」僕は一呼吸おく。
「ありがとう、ご馳走さま」
彼女はスッと立ち上がりこの場を立ち去ろうとする。なんの躊躇もない。
「また、練習見てもいい?」憧憬を込めて
聞いた。
今度は彼女が少し間を置いて恥ずかしそうな
表情をする。『ギャップ萌え』
「ホントはこんなガツガツしてる姿誰にも
見せたくないけど、まぁたまになら」
『キュン』胸を締め付けるなにか…
売れないアイドルを発掘してファンになった、そんな初めての気分。
そんなところだろうか?
一礼して立ち去る。僕の仕事上の行き詰まりは解消できた。同時に、彼女への興味が
グッと盛り上がる。
また、違う夜に!
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