第十四話 クソッタレの連中
カジャーナで働いてから、三週間ほど経っていた。
トムさんが僕の持ち場を変えた。
ピッキングマシーンに乗って、木の上部をフィニングする役目を与えてくれたのだ。このことは、トムさんが僕の仕事ぶりを正当に評価してくれたことを表していた。
僕はいつにも増してメキメキと働くようになった。
ジェイソンのくそったれのせいで、いつクビになるかと、この山奥で毎日びくびくしていたのだ。
これで、ようやくジェイソンとは持ち場が離れるし、サンと一緒に仕事ができるはずだ。
サンと二人で週末の食料調達からくたくたになって帰ってきた時だった。キッチンハウスの外で、コリーナさんと四人の白人が話していた。
「おお、陽気なコンビ! こいつらはな、今日から新しくここに住むことになる連中だ。ヨーロピアンとアジアンが同じ釜のメシを食うことになるわけだ! まあ、こいつらはトムのとこじゃなくて、俺の農場で働くんだがな。とにかく、みんな仲良くな!」
四人のヨーロッパ人は、みんな陽気だった。僕とサンに握手を求めると、「みんな仲良くやろうぜ」と言ってきてくれた。
彼らは、西を巡るツアーで知り合った四人組で、フランス人の女、長髪と短髪のドイツ人の男二人、スペインの男から成る、誰もが知っているメジャーなヨーロッパの国から来た連中だった。
その夜、僕とサンが食事を作っていると、彼ら四人組も一斉になだれ込んできて、いきなりどんちゃん騒ぎをしはじめた。すでに酔っているらしい。
「今夜は新しい出会いに乾杯だ! みんなで踊ろうぜ!」ということらしい
食事中もなんのその、連中のエネルギーはすさまじく、僕とサンは無理矢理外に連れ出され、ステレオから流れるガンガンの音楽が鳴る中、へたくそな踊りをするハメになってしまった。
最初は気のいい連中だと思っていたが――
早くも僕らはその考えを変えることになった。
彼らは毎晩のようにバカ騒ぎをやらかし、僕とサンの睡眠を妨げるのだ。おまけにキッチンも汚し放題にしていて、食器類が油と食べかすだらけのまま、流し台に山積みになっているのが常だった。
「もう我慢できない!」
ついに、サンの堪忍袋の緒が切れて、四人組がどんちゃん騒ぎしている真っ只中へ飛び込んでいった。僕もサンについていき、もしかして、軍隊式のケンカが見れるかも――なんて、バカなことを考えていた。そうなったら、もちろん自分も戦わなくちゃならない。少し震えながらも僕は拳に乾電池を握りしめていた。
サンはいつになく激しい口調で四人組に詰め寄っていた。
「おい、おまえら、いいかげん静かにしろよ! 明日も仕事があんだぞ!」
「あら、ごめんなさい。もうちょっと静かにするようにするわ」
フランス人の女は意外にも、素直に謝ってきた。サンは少し拍子抜けしたのか、「頼むよ、ほんと」と言って、肩をすくめた。
すると、スペインの男がサンの肩にもたれかかってきた。
「まあ、そんなに怒るなよ。おまえもこれやるか?」
男は茶色い棒状のものをサンの前でぶらぶらさせてきた。マリファナだ。
「ふざけるな」
サンはその男をにらみつけた。
麻薬は、僕とサンにとって信念に背くもの(二人ともタバコは吸うが)で、クスリは人間の精神をごまかし、壊す、クソッタレのまやかしだと思っていた。
「オーケー、オーケー、まあ落ちついて。仲直りしようよ、学級委員さん。ね?」
今度は、長髪のドイツ男が仲裁をしてきた。サンはスペイン男の手を振り払うと、むすっとしたまま部屋に戻っていった。
「ちっ!」スペイン男は舌打ちをすると、台所にツバを吐いた。
「オーケー、とにかく、夜中に騒音を出すのはやめてくれよな、十字軍のみなさん」
念を押したつもりの言葉を残し、僕も部屋へと引っ込んだ。さすがに、その夜は彼らもいつもより静かにしてくれた。
ここで働きはじめて、一ヶ月以上が経った。
この頃には、僕たちのアコモデーションには毎週のように、コリーナさんの農場で働く新しいヨーロッパ人が入ってくるようになっていた。コリーナさんは大きなキャラバンカーまで用意して彼らの住まいを新しく設置した。
今や総人数は十八人もいて、ヨーロッパ人十六人に、アジア人が二人という構図になっている。
おまけに、余計な奴まで引っ越してきた。
ジェイソンだ。
「住んでたとこの家賃が高くてよ。しばらく、ここで住むことにしたわ。ま、よろしくな」
彼は黄色い歯を見せて、笑った。
最悪だ。僕はもちろん、サンも顔がひきつっていた。
まあ、あんまり気にしてもしょうがない、と僕たちは無理やり納得することにした。
今のところ、問題は食器の後片付けや、ゴミの始末だ。みんな、使い終わった食器をそのまま洗わないで放置し、ゴミ箱になんでも入れて、溢れてきても気にしないもんだから、ゴミ箱にウジが湧いてしまう日まであった。結局、その後片付けをするのは、その状況に耐えられない僕とサンである。特にあの四人組(お互いまだ名前は聞いてない)とジェイソンの汚し方はひどすぎだ。
「なんだか、ずいぶん変な連中ばっか集まっちまったもんだな」
おかげで、二人ともしょっちゅう愚痴を言うようになってしまった。夜のドンチャン騒ぎも相変わらずひどくて、いくら注意しても直らない状況だ。
「段々、この状況に慣れてきた自分が怖いよ」
隣のベッドでは、普段は温厚なサンが「ファック」と繰り返しつぶやいている。外からは、奇声やら罵声やらが聞こえてくる。
「今じゃ、農場に出てる方がよっぽどいいよな。帰ってくるとストレス溜まるもん」
「だよな、家に帰るのが怖い弱気な会社員みたいだよ。やっぱ俺たちってさ、マジメなんかねえ? 仕事が朝早いのに、毎晩騒ぐ気にはならんよ」
「あいつらは人種とかそういうのよりも、たまたまひどい連中なんじゃないかな」
「そうだろうなあ」
奴らのことを話すのもうんざりしてきたので、僕は話題を変えることにした。
「サンはもう、どっかまわってきたんだっけ?」
「うん。エアーズロックとかカカドゥ国立公園とか、その辺だね。北の方だな。そこで会ったヨーロッパ人はこんな奴らじゃなかったよ。確かにパーティー好きだけどな」
「まあ、祭り好きなのはどこも一緒か。それにしてもさ、サンの旅が羨ましいよ。俺も早く旅に出たいなあ」
「そのためにも、もう少しこの生活を我慢しないとな」
「ああ、そんでもって、〈幻の八十五番バス〉に乗るんだ」
〈幻の八十五番バス〉とは、トムさんとの朝の待ち合わせ場所のすぐ横にあるカラマンダ行きのちっぽけなバス停に、毎朝七時二十分にやって来るバスのことだ。しかし、そのバスは一日に一便しかなく、しかも土日は運行していない。僕とサンはそのバスが来る前には仕事に出てしまうので、そいつを拝んだことはなかった。
それだけに、「帰るときは幻の八十五番バス!」というセリフが、辛い一日に元気を与えてくれる魔法の言葉になっていた。
「その時がきたら――すげえ達成感があるんだろうな」
「早くこーい!」と、僕は叫ぶ。
そんな僕らの思いを遮るように、外では連中が騒ぎに騒いでいる。
「うるせえぞ! 早く寝ろ!」一言そう言ってから、電気を消した。
その晩――僕はふと目を覚ました。なにやら良からぬ人声が聞こえてくるのだ。サンを起こさないように、そっとドアを開けてその場に立ち止まった。
上から女の声が聞こえてくる。
(うそだろ……?)思わず、息を呑んだ。
さらに上方に目を凝らした。女の白い足が伊勢エビの如く勢いよく空中に投げ出されるのと同時に、男の力の入った吐息が耳に入ってきた。
(こいつら、屋根の上で、おっぱじめてやがる)
すぐに部屋にひっこもうとしたが、誰だろう? と、すぐに確認してみたくなり、プレハブのはじまで行って、そこにあるイスを組み立ててそっと顔を出してみた。
暗がりの中で、確かに男と女がせっせと勤しんでいる姿がぼんやりと見えた。自分の下半身が疼くのを覚えたが、その男女が誰だか分かると、すぐに気分が悪くなり、そのまま部屋に引き返した。
あの四人組のうちの、スペインのマリファナ男とフランス女だった。
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