第5話夏休みが、きた、けど?
かのんはガッツリしっかりとパフェを完食し、帰っていった。
「それではまた明日」
明日、ということは明日から休みだというのに関係なく僕の家に来る=起こしにくるということだろう。
まぁ毎年の事だから今更なんだが、どうしてかのんは休みでも普通に早起きして規則正しく生活しているんだろう。
彼女の親がそういう性格なのかもしれないし、それがかのんにとって性に合っているからなのかもしれない。
それに対して音子はいかにも、なんだけど。
学校がある時に無理して早起きして、かのんと張り合って起こしにくる反動で休みの日は殆ど昼まで寝ている。
休みの日に用事があって音子の家に行った事があったが、下階から母親が呼んでも起きない。二階に上がって、ドアの外から起こしても起きない。
やがて聞こえるのは部屋に侵入して怒鳴って音子を起こす声と、学校では決して聞くことが出来ない金切り声で母親の侵入を咎める音子の声だった。
どこまで無理してるのかとも思えるが、中年のサラリーマンじゃないんだからそこまでガッチリ寝る必要あるのか? とも思えるんだが。
それが長期休みに入るともっと酷くなる。
昼どころでない。放っておくと夕方まで寝ている。
これが判明したのがお盆で音子の両親が親戚の家に墓参りに行った時だ。
『音子ちゃん、自分でご飯作れないから、しんちゃんお家で食べさせてあげてね?』
もちろん僕の両親にもちゃんと挨拶をしていった訳だが、一応僕にも断りを入れたというわけだ。
で、出掛けていった日の昼と夜は音子の母親が用意していったというので、うちに来なかったのは当然と思い気にしなかった。
しかし翌日、朝飯の時に音子は現れなかった。
まぁ寝てるんだろうな、で心配することなくスルー。
昼、音子は現れない。
これも寝てるんだろうな、と『寝すぎじゃないか?』と思いつつもスルー。
そして夕方。そこまで早めの夕飯という時間でもない午後六時半。まだ現れない。
これには呑気な僕の母さんも心配し出した。
女の子が一人で留守番していて、ほぼ一日音沙汰がないとは何かあったんじゃないか!? って。
そして少年野球時に使っていたバットを持たされて音子の家に行かされた訳だが。
そこで見たものは……。
自分の部屋でエアコンを点けて、掛けていたであろう夏掛け布団を蹴落とし、事もあろうに腹を出して寝ている音子がいた。
誰かに犯されて死んでいる、ではなく普通に寝ている。
いい夢見てるのか顔がにやけているし、オープンになっている裸の腹が呼吸で上下してるから生存確認は間違いない。
勿論このあと叩き起こした。
音子からは『勝手に乙女の部屋に入った!』と怒鳴られたが、今の時間を確認させ、自分が今どんな状況に置かれているかを分からせたら大人しくなった。
その過去からも、放っておけば起きてこない音子だ。
かのんが休みに入っても起こしに来ている事実は知っているのか疑問だ。
知っていたら起こしに来るのであろうか、それとも貴重な睡眠時間を確保するのであろうか?
まあ、確実に言えるのはかのんは起こしに来るという事だけだ。
せめて学校に行く時間並みに早く起こすのだけは勘弁して欲しいな、と思っているとかのんからラインが来た。
『今日はお付き合いくださってありがとうございます。
お買い物なんですが、明後日でいかがでしょう?』
別に用事なんて入っていないから大丈夫なんだが、音子対策は済んでいるのであろうか?
変に感がいい音子のことだから、買い物の日に限って早起きとかして家に乱入して居座ることも考えられる。
朝に起こしにくる確認も兼ねて僕はかのんに返信をした。
『音子の事は大丈夫なのか?
あいつ妙に感がいいところあるから、うちに早くから居座る可能性もあるぞ
あ、あと明日からまた朝に起こしにくるわけ?』
そう返信してやるとかのんは当然といった返事を返してきた。
『勿論ですわ。明後日の音子のスケジュールは把握しています。
決して伸太さんの自宅に伺うことはありませんわ。
あと、当然朝は起こしに行きます。』
かのんの情報網の凄さもだが、朝起こすのが当然っていうのも凄い。
僕の奥さんでも何でもないのに。
もしかして僕が疎いだけで、かのんの中でのポジションは僕の奥さん候補とか彼女ってことになってるのか?
だから二人きりで買い物とか海とか言い出してるのかな?
まぁ、そこら辺はそのうち聞ければ聞いてみよう。
明後日の待ち合わせ時間は明日起こしにきた時に聞けばいいか、とスマホを置くと、またラインが。
今度は音子だ。
『ちょっとしんちゃん! うちの親ひどい!』
は? いきなり酷いと言われても。
ちゃんと続きも入れてから送ってこいよ。
基本かまってちゃんだから、僕から『どうした? 何があった?』って返して欲しいのは分かってるが、どう酷いか最初に振って欲しい気持ちも分かって欲しい。
まあ、ご希望通りに『どうした?』だけ送ってみた。
『明日から二泊三日で温泉行こうなんて言うのよ! 夏休み初日なのに!』
あー、だからかのんは大丈夫だって言いきったのか。
音子の両親、家族旅行は絶対な人たちだ。音子が我儘言ったくらいで中止にしたり置いて行ったりは絶対しない。
美容オタクぎみな音子は、温泉と聞けば風邪をひいていようが明後日テストであろうが絶対行く人。
夏休み初日で朝寝坊できないという理由ならば、移動中の車で二度寝も可能だし、現地についてからでも寝れるだろう。
それなのに酷いとは?
『何が酷いんだ。お前いつも温泉と聞けば、テストだろうが何だろうが飛んでついて行っただろうに』
『それは通常の時よ! 明日は朝からしんちゃん家でゴロゴロした後、買い物に行こうと思ってたのよ! もう! 計画台無し!』
いや、ちょっと待て。何だその一方的な計画は。
家に上がり込んでゴロゴロは毎年のことだから気にしないが、買い物って何だ!?
いつもかのんと三人で行こうって誘っても、しぶしぶしか付いてこないし、男の僕が一緒だとあちこち見れなくてつまらないから嫌だって言ってなかったか?
『僕と買い物行きたくないって言ってなかったか? それに明日でなくても買い物なら行けるだろう』
何故明日にこだわる必要性があるんだろう? と不思議に思いながら返信してやる。
別にショッピングモールは明日で潰れるという噂の欠片もないほど、平日でもかなり賑わってるくらいだし。
『明後日でセールが終わるの! これを逃がしてしまっては一生の不覚になってしまう!』
音子さん、しょっちゅうセール行ってる気がしますが……。
そこまでして何が欲しいワケ?
『しょっちゅう行って何だかんだ買ってるだろう。その度にお小遣い強請られるおばさんの身にもなれよ。今回は諦めて温泉満喫してこい』
そう送信してやると、ふてくされたのか、怒ったのか、次の返信は来なかった。
「大人しく温泉に行ってもらわないと、僕よりかのんが困るだろうな。僕は三人で一緒にでもいいとは思うけど」
夏休み初日。
当然のようにかのんは朝に僕の部屋に現れた。
「おはようございます伸太さん。いいお天気ですわ」
カーテンを開け放って、窓を全開にする。
まだ本格的に照り付けない太陽のお陰で、ほんのり涼しい風が入り込んできて些か気持ちが良い。
「見てくださいな、音子が引きずられて温泉に行きますわ」
少しだけ窓から顔を出して、かのんが隣の様子を見て知らせてくれる。
やはり起きられなかったのだろう。
それでも出発時間は変えないところ、さすが音子の両親といった感じだ。
「今日だけはいーやーだぁー」
音子の雄叫びが聞こえる。どんだけセールに行きたいんだ?
雄叫びに釣られて、僕も窓から音子の様子を伺う。
母親に両手を引っ張られて車に乗せられようとしている姿は、まるで幼稚園児が予防接種を嫌がって病院前で最後の抵抗をする姿にそっくりだ。
「ある意味、あいつ、スゲーな……」
「本当。感心してしまいます。私、自宅の前だからといってあれはさすがに……。もういい歳ですし」
そして抵抗も虚しく、ズルズル、ぽいっ、と車に放り込まれて温泉地へ向けて出発していった。
「なあかのん、今日明日でセールやってるみたいだけど、目玉商品ってあるのか?」
音子同様、僕と買い物に行こうとしているかのんならば何か知っているのかと思って聞いてみた。
「どうでしょう? 私は単に音子の家の情報を手に入れたので明日を指定したまでですが。あ、でも音子が好きなブランドの何かが今日発売するとかしないとか、昨日教室で話してるの聞きましたわ」
さほど興味ないように話してはいるが、昨日のあれだけ短時間しかいなかった教室での音子の会話をしっかり聞いている。
何だかんだ言いつつかのんは音子こと気になっているんだと思いはしたが、口には出さずにいた。
「そのブランドって何か知ってる?」
「ごめんなさい、私ブランドって興味ないから、名前聞いても覚えられなくて」
数式や英単語と違って、必要ないと思ったものは記憶に残らないらしい。
これでは音子が何を狙っていたのか調べようがない。
調べたところで買ってやる訳でもないが、気になったので知りたい衝動に駆られただけの話だけど。
「では」
くるりと窓から顔を僕に向け、かのんはにこやかに言った。
「ご飯の前に少し宿題済ませてしまいましょう。この涼しい時間帯を無駄にする手はありませんわ」
夏休みが来たといえどもかのんはかのん。
『学生たるものそれに相応しい生活をするべし』
彼女には朝寝坊とか夜更かしとかというものは存在するのであろうか……。
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