第4話SIDE かのん
風紀委員のナイス足止めを利用して、そそくさとかのんとの待ち合わせ場所へと向かう。
人通りの多い駅前の大通りから、一歩裏路地に入ったところに甘味処『ねはん屋』はあった。
藍色ののれんをくぐり格子の引き戸を開けると、『和』な空間が僕を迎える。
「いらっしゃいませ」
昨日音子と行ったカフェとは正反対に、落ち着いていてよく通る声の店員さんがカウンターの奥から出てきた。
「待ち合わせなんですが……」
そこまで広くない店内だから探せばすぐ見つかるとは思ったが、わざわざ出てきてくれたので何も言わないで探すよりは、とかのんとの待ち合わせであることを告げた。
「お連れ様にはいつもご贔屓にしていただいております。こちらでお待ちですよ」
にこにこの店員さんは、障子の締まった座敷らしきテーブルへと案内してくれる。
ここって、甘味処なのに個室があるのかよ……。
店員さんが『いつも』という頻度はどのくらいの事を言うのだろう。一人でよく来るとは言っていたが、まさか週一とかそれ以上の回数で来てるレベル?
『失礼します』と店員さんは障子越しに声を掛けて、障子を開ける。
中ではかのんが背筋正しく正座をしてお茶を飲んでいた。
「伸太さん、思ったより早かったですね。お待ちしていました」
「かのんの差し金なんだろう? 風紀委員」
「なんの事かしら?」
涼しい顔をしてまたひと口お茶をすする。
「それでは暫くしたらご注文を伺いに参ります。ごゆっくり」
お辞儀をして障子を締めて去る店員さん。それを確認してから僕はかのんに向かって口を開いた。
「ここ、個室なんてあったんだな。てかさ、そこまで内密な話な訳? 音子対策がかなり念入りなんで、そこまでして話す内容ってすごく気になる」
「内容はそんなに特殊なものではないですよ。ただ、あの子がいると煩いからですわ。話もまったく進まなくなるし」
それもそうだと変に納得。
音子とかのんが顔を合わせて何かを決めようと話をすると、最終的に関係ない事でぎゃーぎゃーとなって、未決のまま終了する。
きちんと何かを決めたいときはどちらかがいない時か、僕を媒介にして伝言で決めていくしかない。
「まずは伸太さんの注文を決めてしまいましょう。じきに店員さんがやってきますわ」
備え付けの『おしながき』と筆で書かれたメニューを差し出す。メニュー自体もかなり『和』で高級感が漂う。
しかしこんな佇まいをしていながら、お値段はかなりお安い。
安いと言ってもそれ相応の値段なわけだが、値段と質と量がかみ合っていない。
お店の採算を心配してしまうくらいだ。
「かのんは? まさか頼まないなんてことはありあないよな?」
「当然です。ここに来て何も頼まないなんて馬鹿な真似が出来るのは、あのアホ女くらいです」
名前は出さないまでも、しっかりと悪口はいっておくかのん。二人ともすっかり犬猿の仲になってるなぁ……。
「ご注文を伺いに参りました」
一声あって障子が開けられる。
「かのんは何?」
どちらにしようか悩んでいるのもあったので、かのんと被らないようにと先にかのんの注文を聞いてみた。
「私は先に頼んでありますので、伸太さんだけですわ」
まあ先に来ていたのだから注文していてもおかしくはないが、いつものかのんなら一緒に注文するのだが?
「そうか? じゃあこの黒蜜白玉クリームあんみつで」
「かしこまりました」
そう言って店員さんは再び障子を締めて去っていく。
「珍しいな、先に注文してるなんて」
「だって、そのために先に来ていたんですもの」
少し興奮気味にかのんは答えた。冷静なかのんにしては珍しい。
「何頼んだんだよ?」
「内緒です。来てからのお楽しみで」
このやりとり、昨日もあったよな?何か不吉でしかないんだけど……。
まだ本題を話したくないらしく、かのんは風紀委員会の事や最近の出来事を僕に話して聞かせた。
かのんが忙しかった関係でしばらくこういった世間話をしていなかったので、それはそれでいいかな? と思って話していると注文した品が運ばれてきた。
「お待たせいたしました」
涼し気な金魚鉢を連想させるガラス容器に入れられた、半透明の寒天が美しいあんみつが僕の前に置かれる。
そして……。
ナニコレ……。ちょっと待って……。
かのんの前に置かれたのは既視感を思わせるデカ盛り。
「か、のん、さん?」
何て聞いたらいいんだろう。どう対応したらいいんだろう。
むしろ『なんやねんソレ!』って突っ込むべき?
ぐるぐると思考を巡らせていると、嬉々としてかのんが答えた。
「こ、これですのねー! 平日限定、一日十食のみ提供の『すぺしゃる和風ぱふぇ 夏の陣』。素晴らしい! 実に感激ですわ!」
頬を赤らめ、目を輝かせてうっとりとするその様は、まるで恋する乙女。
パフェに恋する乙女ってかなり違和感しかないが、今のかのんはまさにそう。
「かのん、これ、食べれるの?」
「無論ですわ。作り物でも何でもない、ちゃんとしたあんみつをベースとしたパフェですから」
いや、そうじゃない。
確かに見た目おかしいほど盛りが良くて、どうして崩れないって不思議になるパフェだが、決して作り物を意味した訳ではない。
ちゃんとお腹に収められるのかって聞きたいだけなんだが。
「いやいや、かのんってそんなに大食らいじゃなかったよね? って。一人で食べるんだよね? もちろん」
「もし気になるなら少し味見してみます?」
答えになってないような、なっているような……。
意訳すると『一人で食べれますが、味が気になるようでしたら少し食べてもいいですよ』になるのかな。
まぁ、普通のパフェと違ってアイスてんこ盛りって訳ではないから、残しそうだったら手伝えばいいか。
それにしてもこのパフェの装いときたら……。
ででーんとボウル位の大きさの金魚鉢の底に同じように半透明の寒天と白玉、赤えんどうをあしらい、みかんやパイナップルのシロップ煮を寒天の所々に混ぜ込み彩を添え、上に粒あんとこしあんのダブルディップ、さらに抹茶アイスとバニラアイスが重ねられている。
とどめを刺さんばかりに黄桃と白桃、メロン、バナナ、そしてオレンジ、キウイフルーツが金魚鉢の隙間を飾る。
これで終わるのかと思わせといての生クリームデコレーション。もちろんてっぺんのサクランボは忘れない。
別添えの黒蜜と抹茶蜜で更なる甘さを追及させる。
美味しそうではあるが、ただし大きさがこれ五分の一くらいだったらな、とは思う。
見てるだけでお腹いっぱいになりそうだ。
「お腹壊さないのか……、ってもう結構食べてるし!」
自分のあんみつと見比べている間にかのんはいつの間にか食べ進めていた。
あんなに山になっていたフルーツも半分位に減り、中の寒天が取り出しやすくなっているくらいにまで餡もアイスも減っている。
「んー、至福ですわ! 餡と寒天のハーモニー!!」
心配もよそに僕の話も聞いてるのか聞こえないのか、手を止めることなくパクパクと口の中へと運んでいく。
きっと話があるとか言ってたが、この調子だと食べ終わるまで聞けそうになさそうだ。
「あ、かのん。鼻の頭に……」
説明するより早いと思い、手を伸ばし花の頭についた生クリームを取る。
「どんな食べ方したらそんなところに付くんだよ」
笑いながら指についた生クリームをそのまま自分の口元へ持っていくと、ものすごい勢いで手を掴まれた。
「そ、そ、それは、その、あの……!!」
顔を真っ赤にしながら、あのそのしか言わないかのん。
ようやくそれが『ぬぐった生クリームをそのまま舐めるな』と言いたい事に気付く。
「ああ、悪い。つい小さい頃の習慣で」
ごめんと僕が謝るとかのんは顔を赤くしたまま手を放してくれた。
もじもじしてもパフェを食べる手を止めないのは些か面白い。
生クリームはかのんによって丁寧におしぼりで拭き取られてしまった。
着替え(寝起きのパジャマズボンをはぎ取られる)を見られるより、顔から生クリームをすくい取られて舐められる方がまだ恥ずかしくないだろうに。
しかもここは個室で僕たち以外は誰も見ていないというのに。
近頃の幼馴染たちは何か急に変になったと言うか、乙女になったというか……。
面倒臭いと言っちゃ失礼だが、僕たちもそれなりに大人になったということなんだろう。
多分そのことについて聞いたところで答えてくれなさそうだ。
今それをかのんと話すためにここに来た訳じゃなかった。
「ところでさ、かのんは何の話をしたかったの? この店選んでまで音子避けてさ」
そこが疑問だ。
何だかんだ喧嘩したり仲悪い雰囲気のある二人だが、決して隠し事はしない。
出掛けるにしても僕が伝える前にどちらかに伝わっている。ここまで計画的に隠して出掛けるとか話をするとかは記憶にない。
聞かれるとかのんはピタリとパフェを食べる手を止めた。
「へ? そんな事ですの? 伸太さんは何年私たちの幼馴染をやっているんですか」
キョトンと僕を見る。口元に餡がついているが、ここで言ったら話が中断しそうだから止めておこう。
「あの子がいると煩くて話が出来ないからですわ。それに先日の事覚えてます?」
「先日?」
「ええ、一昨日遅刻しそうになって走っていた時ですわ。私が何て言ったか覚えてますか?」
「ああ、確か二人で海に行きたいとか言ってたな。絶対無理だと思うが」
音子が出掛ける僕たちに気付かない訳がない。こっそり出掛けるにしても隣だからすぐばれるだろうし。
「そ・れ・の・相談ですわ。相談というよりも計画を練って参りましたので、それについてご意見をいただこうと思いまして」
「ご意見って……。僕が口を挟むまでもない完璧な計画を考えて来たんだろう」
しかもこんな短期間で。
「まあ、とりあえず聞いて下さいな。あ、あんみつ食べながらで結構ですので」
ニッコリ笑うとかのんも再びパフェを口に運びだす。
あんなにあった夏の陣パフェ(長たらしいので僕の中でそう呼んでみた)はもう殆ど残っていない。かのんのお腹は大丈夫なんだろうか。
「……という事なんですの」
大まかというには少し細かいかのんの計画を聞き終え、さすがとしか言いようがなかった。
これならば音子を騙せる……いや、音子抜きで出掛けるのも可能かもしれない。
「まぁ、大丈夫なんでないかな? 音子は妙に感がいいところがあるから、そこだけ注意すればね」
「あの子の油断ならないところですわ。その点については実行日まで対策を考えます。それはそうと……」
誰もいないのにきょろきょろと周りを見回す。
「水着、買いたいので付き合って頂けます?」
水着……。下着の次にハードル高い売り場じゃないか?
断ろうと口を開きかけて、止まった。
かのんが怖い。口元は笑ってるのに目が脅してる。睨んでる。
断ったらあることないこと親に言われる時の目だ。
「あ、はい。お供させていただきます」
音子といいかのんといい、やはりおかしい。
なんで僕と二人だけで出掛けたがるんだろう?
今までは三人仲良く(じゃない場合もあるが)出掛けていたというのに。
何か裏があるんだろうか。
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