第3話夏休み前日
「おっはよー、しんちゃん!」
声と共にボスンと身体に重いものがのしかかる。
衝撃で瞬時に目が覚めた。これ、横向いて寝てなかったら息が止まるやつじゃないか?
「ぅお!? 何だ!?」
「お寝坊さん、朝だよ。学校行こう」
布団を捲りあげて寝ぼけ眼で見上げると、満面の笑顔の音子が乗っかっていた。
「ね、ねさん? 何してんの?」
「何って、起こしに来ただけよ? ほら、学校行こう。昨日みたく走りたくないもん、早く起きてよ」
そう言うなり布団を一気に剥がして床に投げ捨てた。
いくら何でも床に投げ捨てなくても……。せめて足元にたたむなり、たたまなくてもまとめて置くなりしてくれないものだろうか。
「そういえば今朝はかのんより早いんだな。かのんが起こした後に入ってきてギャーギャー騒ぐのが定番なのに」
「今日はあいつは最後の委員会だって。朝に校門で取り締まりするって言ってた」
「へー、僕には何も言ってなかったな。普通に仲良いんんじゃん。昨日だって僕と行かずにかのんとカフェに行けばよかったのに」
「な、何言ってんのよ! のんのんとはそんなに仲良くないんだってば! た、たまたま聞こえただけよ。変な事言わないでよ!」
まだ枕に頭を乗せて寝ていた僕を叩き起こすが如く、音子は枕を奪い取ってさらに床に投げ捨てた。
だから何で床に捨てるんだよ……。
そして僕の制服のズボンを事もあろうに振り回しながら『違う違う!』と顔を赤らめてムキになって否定し始めた。
音子は優等生のかのんと仲良しってのが恥ずかしいのか何なのか分からないが、表向きはそんな仲良くないスタンスでいきたいらしい。
でも仲良しでいる証拠というか、仲良くしていたい現れというか、学校以外だと昔からのかのんの呼び名である『のんのん』を出してしまっている。
これを指摘するとさらにムキになって否定して、最悪僕以外に八つ当たりし始めるので大体は聞かなかったことにはしている。
「昨日の委員会ってそれの打ち合わせだったのか」
てことは風紀委員総出で取り締まりをするのか。大変なことで。
「そりゃ、明日から夏休みだもん。最後くらいきちっとさせろって先生が言ってきたんでしょ」
「先生が言う程酷いやつっていない気がするんだけどなぁ」
風紀に力入れてますって実績を作って、『うちの学校こんなに真面目な生徒ばっかりなんですよ』って地域とかPTAとかにアピールしたいんだろうなぁ。
大人の社会は難しい。
「そ・れ・よ・り! 早く用意して学校行こう! 余裕持って起こしにきたのに、また走らなきゃいけないような時間になってきてる!」
「おっと、もうそんな時間か」
時計を見上げると、昨日よりはまだ早いが結構いい時間になっていた。
着替えるから出て行ってと言おうと思ったら、既に時遅し。
またしも音子は僕のパジャマに手を掛けて(てか、なぜズボンから!?)思いっ切り脱がしにかかっていた。
油断して反応が一歩遅れてしまった。
馬鹿なのか確信犯なのか、パジャマのズボンとパンツを同時に捕み、そのまま一気に引き下ろして、無残にも乙女には見せてはいけないモノを『オハヨウゴザイマス』させてしまった。
当然ながら、生理現象が治まっていないモノを。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁー!!」
******************
「はい、鞄を開いて中を見えやすくしてください」
校門には風紀委員が腕章をして登校してきた生徒の鞄と服装のチェックを行っていた。
当然その指揮を執りながら自らもチェックをするかのん。
普段は『これくらい』と思われる私物や服装の乱れは今日に限ってセーフではないらしく、次々と雑誌やらお菓子や没収されていく。
ネクタイが緩んでいるとかリボンが持っているだけで着けていないなどはその場で直させているが、その他の違反に関しては『休み明けに直して見せる事』と生徒手帳に書かれて、名前を風紀ノートに記載されていく。
勿論休み明けにちゃんと直っているか確認するために、だ。
「次、鞄を開けて」
偶然なのか僕の前にかのんが現れ、厳しい顔つきで鞄を開けろと指示してくる。
言われた通り鞄を大きく開けて、中に不必要な物が入っていないのを証明してやる。
「少しネクタイが曲がってますが、大丈夫でしょう。直してあげます」
そう言ってかのんは僕のネクタイに手を掛けて、襟元を直すフリをして耳元に口を寄せた。
「伸太さん、後で手紙、読んでください」
言われて鞄を覗くと、小さく畳んだ紙片が目に入った。
「はい、これでいいでしょう。次の人」
誰にもバレたくないのだろう、何事もなかったようにかのんは僕の肩を押して次のチェックに移っていく。
今のかのんの行動、目ざとい音子なら絶対に気付いてるはず……。と、音子を見遣るとしっかり風紀委員に捕まってギャーギャーと騒いでいた。
まぁ、当然といえば当然なんだが。
音子のスカートといったら、屈んだらパンツ見えますよ? 的な短さで、本人曰く『これくらい普通の女子高生当たり前の長さ』だそうで。
さらにリボンは学校既定のリボンじゃない。可愛くないという理由で彼女(の従妹)が作った代物だ。
厳密に言えば髪の色もアウトなんだが、これに関しては『地毛です!』で入学当時から言い切って、教師の前で大泣きして『地毛』ということを勝ち取ったのでここでは不問になっている。
持ち物も何か引っかかったらしく、『デモデモダッテ』とやっている。相手の風紀委員も引き下がらず『だから何だ』とメモを取り、没収しようと格闘している。
これは当分終わりそうもない。というか気付いてなさそうだ。
「音子、先に教室行ってるからな」
聞こえていないだろうが、一応言ってみた。無言で行くのは何か気が引ける。
かのんの手紙の内容も気になるので、これ幸いにと僕は小走りに教室へと向かった。
教室にはクラスメイトが居たものの、風紀委員のお陰なのかいつもよりも人が少なかった。
居るクラスメイトも窓際に集まって校門でのやり取りを見物しているのが大半。まだ来ぬ友の不運を見守っているのだろう。
「おーっす、伸太。何その顔の傷!?」
席に着こうとした時、いつものように友人が挨拶がてらからかいに来たが、僕の顔を見るや否や驚いた。
「ああ、これ? 今朝痴女にやられた」
「痴女? お前が痴漢しそこなってやられたの間違いじゃないの?」
「誰が痴漢なんてふざけた真似するかよ。これは寝込み……、いや起き掛けを襲ってきた痴女が、自分で脱がせておいて、お目見えしたイチモツを見た途端に騒いで引掻いてきた不幸の現れだ」
「はぁ? 何それ」
見られて引っ掛かれて、それを不幸と言わず何という。ナニソレと言われても不幸は不幸なのだ。
「襲う目的で来た痴女なのに変なの。是非ともお目にかかりたいわ。可愛かったら逆に襲わせていただくわ」
このウブな痴女に興味を惹かれたらしく、もっと詳しく話を聞こうと友人が前の席の椅子を引き寄せ始めた。
さすがにこの痴女の正体を明かすわけにもいかないし、こんな事で時間を取られたくない。今はこの手紙を読んでしまいたいのだ。
「それよか僕の傷、そんなに目立つか? ちょっとトイレで見てくる」
傷を見るという名目でこの場から逃げさせていただく事にした。
さっさとかのんから渡された手紙を読んでしまわないと、いつ音子が風紀委員の手から解放されて教室に戻ってくるか分からない。
今を逃したらきっと家に帰るまで読めないだろうし、運が悪ければこの手紙は音子に見つかってしまう。
こっそりとポケットに手紙をしまって、足早にトイレへと向かった。
『今日の放課後、駅前の【ねはん屋】で待ってます。一人で来てください』
トイレの個室でこっそり開いた手紙には、かのんの性格どおりの整った綺麗な字で一言そう書かれていた。
【ねはん屋】というのはかのんお気に入りの甘味処で、カフェだなんだという今の若者受けする店ではないので、同世代の出入りは殆どない。
音子に至ってはチョコなどの甘いものは大好きなのに、餡や寒天といった和菓子の部類は嫌いなので、誘っても断ってくるし店に近寄りもしない。
かのんの事だ、この手紙が見つかった時の保険としてもこの店を選択したのだろう。
しかしそこまでするって、どんだけ内密な話なんだ?
まさかの告白……? いや、それは昨日の今日で自惚れすぎか。
音子に聞かれたくないということだけははっきりしている。
そういえば今日の放課後って、かのんは委員会ないのか? 取り締まりの後なのに?
どうして『待ってます』なんだ?
そんな疑問はすぐに解決した。
終業式が終わったあとのHR。
担任が礼を終えると、クラスのもう一人の風紀委員になにやら話すとダッシュで教室を飛び出していった。
「かのん、どうしたんだ?」
あんな風に飛び出していくかのんをあまり見ないので、ちょっと驚いて風紀委員に聞いてみた。
「ああ、委員長、親に頼まれごとしてたの忘れてたんだって。急いで帰って用事済ませないといけないから後はヨロシクって」
家の用事なんて忘れる事ないかのんだ、誰にも見つからないうちに駅前に出るのに嘘ついたって事か。
普段が真面目なかのんだけに、こんな見え見えの嘘も信じられるんだなぁ、と変に関心してしまった。
「そうか、おばさんの用事忘れてたのか。そういや僕も母親に買い物頼まれてたな」
ちらり、と音子を見ると『もちろん一緒に行く』という表情でこちらを見返してくる。
だよな、そこをどう乗り切るかなんだよな。店に入って来なくても前まで着いてくれば必然的にかのんと待ち合わせしてるのがバレてしまう。
「あ、音子ちゃん。君は僕とご同行願うよ?」
「「は?」」
音子とハモった。
今話していた風紀委員は、その流れでといった感じで音子に話を振る。
「委員長から仰せつかったんだ。今朝の取り締まりで音子ちゃんかなりヤバいって事で生活指導室行きだそうで。先生がお待ちだそうです」
「うそぉー! そんなの聞いてない!」
鞄を持って逃げようとするが、そこは常習犯らしくあっさり周りが先を読み捕まえる。
可愛い音子に謹慎とか、罰当番とかそういうのをさせたくない親心(?)なんだろう。
さっさと引き渡してお説教受けさせて、休み明けにちょっと服装と持ち物直させれば、いつも通りの音子が拝めるというものなのだから。
「ささ、そんなに手間は取らせませんよ」
これだけのセリフと周りを逃がさないという雰囲気の男子学生に囲まれている場面を見ると、なにやらヤバイ現場にも見えるが、実際は違うのだからおかしなものだ。
「じゃあ、よろしく頼むわ」
僕は躊躇いなく教室を後にする。
かのんの用意周到さにはホント感心してしまう。どうやったらあそこまで先が読めるようになるんだろう。
音子相手だから、余計に読みやすいっていうのもあるんだろうけど。
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