第2話SIDE 音子
予鈴ギリギリに教室に飛び込んだ僕は、席について一息つく。
斜め後ろをチラ見すると、音子が机にうつ伏して肩で息をしている状態だ。
これからHRだというのに、これを見たら担任に『朝イチから寝るな』と注意を受けるだろうに。
「今日も仲のよろしいことで」
前の席にいるやつが挨拶代わりに皮肉ってそう言ってきた。
まぁ、毎朝の光景だから他のやつらもそう思っているだろうし、逆に一緒に登校しないと何があったのかと心配される。
もちろん音子の心配だ。
朝から幼馴染の女の子をベッドから引きずり落として、仁王立ちで怒鳴り散らすような子なのだが、学校ではツインテールの可愛い天然キャラで通っている。
もちろんそんなだから男子からの受けはかなりいい。
噂ではファンクラブなるものが存在するらしいが、僕は確認できていない存在である。
「委員長も一緒だったのか?」
「そりゃね。毎朝押しかけてくるから一緒に登校せざるを得ない」
「なんて羨ましい! 音子ちゃんに委員長……。この学校にいる者なら誰しも付き合いたいと願う二人と、幼馴染であるだけでも羨ましいのに三人一緒に登校してくるなんて!」
『委員長』と呼ばれているのはもちろんかのんのことだ。
現在二期目の風紀委員長をしている。ゆえに『委員長』で通っている部分が多い。
文武両道、品行方正。先生方の受けもいい。
かと言って堅物でもなく、多少の服装の乱れやイベント事で持ちこまれる『違反』と言われる類の私物(バレンタインのチョコ等)は見て見ないふりをしてくれる。
そんなだから見た目だけでなく、人物的にも男女問わず好かれている。
「そんなに羨ましいなら変わって欲しいくらいだよ」
年頃の女の子に生理現象を布越しでなく、生で見られるのがご褒美だというならば、だ。
ただ、僕からは『変態』という称号も一緒に贈らせてもらうがな。
「ねぇねぇ、しんちゃん」
放課後になり、今日は今学期最後の委員会があるというかのんを待たず帰ろうと支度をしていると、まだ帰り支度の済んでいない音子がやってきた。
「どうした音子? 帰らないのか?」
不思議に思って言うと、何だかモジモジして言い出さない。
「誰かに呼び出されてるのか? 告られるのなんて日常茶飯事だろう。何今さら恥ずかしがってるの。あ、もしかして憧れの先輩とか? 中学校一年以来だな、そんなやついるって聞くの」
勝手に納得して『じゃあガンバレよ』と、鞄を持って先に帰ろうと音子に背を向けた途端、勢いよく腕を引っ張られた。
「うがっ! 何だよ。待たせちゃ悪いだろうに」
「ち、違うの! あの、あの……」
「何が違うんだ?」
「あの、あの!」
漸く意を決したようで、音子は顔を赤らめながらボソっと言った。
「一緒に寄り道したいお店があるの」
「そんだけ?」
「そんだけ……」
寄り道は確かに校則でしてはいけないとは謳っているいる。が、守っている者など皆無。先生方も見つけてもお咎めなし。あってないような校則だ。
それに言って何だが、音子がこの校則どころか他の校則すらまともに守ったのなんて殆ど見た事ない。
「で、どこ寄りたいの?」
僕のこの返事でOKと分かった音子は、赤らめた顔をぱあっと明るくしてすぐさま帰り支度を始めた。
「あのね、あのね、今用意するから待って! そんな遠くじゃないの!」
「な……んだ、ここは……」
シックな外観のカフェだな、と思って中に踏み行ったら違っていた。
内装もシンプルかつオフホワイトを基調とした落ち着いた感じの店なのだが、驚いたのはそこではない。
客が『ドッキリか!?』と思わせるものだった。
「あのー、音子さん?」
「はい?」
「どういうつもり?」
「あの……」
音子はモジモジして何かを言いよどんでいる。
音子に問いただそうとした時、タイミング良く(?)シンプルな内装に似つかわしい、フリフリエプロンにピンクのふわふわワンピースの制服を着た店員がやってきた。
「お席にご案内いたしまーす」
案内されるまま店の奥へと進むにつれ、違和感が半端ない。
どこを見ても、誰を見ても客全員がカップルなのだ。同い年位の人もいれば少し年齢の高い人もいるがみんなカップル。
二、三組の女子同士もいたが、彼女らは人目を憚らずイチャイチャべたべたしており、中にはフルーツパフェを『あーん、して♪』と食べさせ合ってる娘までいる。
「音子、これどういうこと!?」
席について店員が去ってから、少し小さめでありながら低めの声で聞いた。
「だ、だから違うの! 勘違いしないで!」
よほど焦ってたのか上ずった声が店内に響くレベルで発せられた。
左右のカップルが何事かとこちらをチラ見してきてかなり恥ずかしい。
音子も視線に気づいたらしく、コホンとわざとらしい咳払いをしてトーンを下げて言い訳を続けた。
「あのね、ここ、カップル限定のカフェなの。SNSで見て、どうしても来たくって、それで……」
「だったらかのんとでもいいだろ。あそこにも女の子同士のカップルがいるんだし」
指をさしては失礼なのでちょっとだけ視線をやって音子に教える。
「何で私があんな女と来なきゃいけないのよ! あんなツンケン優等生と!」
「あんな女って。幼馴染だろうに。仲良かったくせに」
「それは小学校までの話よ! それに同性カップルだと店員に確認のために『カップル』って証拠出さなきゃいけないルールなのよ」
「証拠?」
「そう。一緒に撮ったプリクラとか写真とか。私がそんなの持ってると思う?」
持ってたら驚きでしかない。
僕の知らないところで二人が実は仲良しだったとか、今朝のが演技だったとか、怖すぎる展開しか見えない。
「で、かのんが無理だから僕って訳? クラスメイトやよくお菓子くれる男子たちの誰かでもよくないか?」
男子は抵抗あっても、クラスの女子なら抵抗なく来れるだろうに。
女子ならSNSで話題の店とか食いついてきそうなものなのに。
「……頼みたいメニューがね、ちょっと」
「?」
そこに先ほどの店員が『お決まりでしょうかー?』とオーダーを取りにやってきた。
音子はメニューを僕に見えないように立てて、店員に『これ』と指さして件のメニューを注文した。
「しんちゃんはアイスコーヒーでいいの?」
「ああ」
音子は『アイスコーヒーとアイスティー』と付け加えるとメニューを店員に返してしまった。これでは何を頼んだか来るまで分からないし、どんな説明書きされているのかも不明のままだ。
「何頼んだんだよ」
「来たら教えるわよ」
またも少し顔を赤らめてモジモジと言う。そんなに恥ずかしいものを頼んだのか?
まさかのデカ盛り!?
「お待たせ致しました」
しばらくして音子が頼んだものがやってきた。
ごくごく普通のお洒落なグラスに入ったアイスティーとアイスコーヒー、そしてパフェ。
「ごゆっくりどうぞ」
テーブルの真ん中に鎮座するパフェ。
デカ盛りという程のデカさはないが程々大きい。
ふんだんに盛られたフルーツと、それを飾る生クリーム。器の縁に沿って並べられた三つのアイスクリーム。お決まりの様に突き刺さっているポッキーが二本。エディブルフラワーが女子心をくすぐる演出を見せる。
とどめがアイスの横に置かれたチョコプレート達。ここに書かれた文字がなんともリア充専用としか言いようがなかった。
『KISSして』
『あいしてる』
『スキ』
ハートのチョコプレートに器用に書かれたメッセージ。
しかしこんなんで照れる音子ではないし、これくらいなら女子と来てもモジモジするレベルでない気がするが?
はてなと思っているとパフェの脇に添えられたハートの形に折られた紙が目についた。
パフェに関する何かが書かれているとしか思えないそれは、僕の気のせいではなかった。
僕に気付かれていないと思っている音子が、そーっと手を伸ばし証拠隠滅を謀ろうとしている。
「なにが書かれているんだ?」
「あー! ダメダメ!」
音子に奪われる一歩手前でハート型を奪い取る。
『当店自慢の
愛の深まるラブラブパフェ
をご注文いただきありがとうございます。
このパフェにはところどころ愛が深まる工夫が施されています。
特製のチョコにはずっとラブラブでいられるよう、
《ビヤク》
と愛のおまじないが入っています。
冷たいパフェであつーく愛し合ってください♪』
夏だというのに目の前をブリザードが過ぎていった。
お店、冷房効かせ過ぎ?いや、入った時もメニュー待ってる時も全然寒くなかった。
何だこれ……。
「急に冷房強くなったのかな」
手紙を伏せてテーブルに置きつつ呟いた。
「いやいやいや! 違うから! 勘違いしないで、違うから!」
全力否定中の音子。それ以上興奮して否定するとツインテールがパフェに入るから止めて欲しい。
「音子、帰っていい? 入るのがカップルってだけで、居るのが一人でも問題ないよね?」
「お願いです、帰らないで下さい! 話します、説明します。後生ですから帰らないで下さい!」
ブンブン振っていた頭をテーブルにくっつく程下げて引き留めに入った。
あんまりに音子が騒がしいので若干注目を浴びているが、この状態で帰ったりしたら間違いなく別れ話をされて捨てた彼氏と捨てられた彼女ってことで、もっと注目浴びるんだろうな。
扉をくぐってしまえば僕はそれまでだが、音子はきっと食べ終わるまでいるのだろうから、ずっとこのままなんだろう。
そう考えると些か気の毒に思えてきた。
「とりあえず、話だけは聞こうか」
何だか分からない状況から落ち着くために、僕はひと口アイスコーヒーを飲んだ。
「ま、まずね、このパフェはSNSで『彼と前より仲良くなりました~♪』っていうので話題の代物なの」
アイスティーに落としていた視線をちらりとこちらに向けて音子は切り出した。
「で?」
「どんな物なのか現物を見てみたくって。味もだけど、効果のほども……」
「効果って?」
「さっきの紙に書いてた、あの……、仲が良くなるっていう……」
「恋人同士がってことだろう。僕には関係ないんだが?」
当然だが僕は音子と恋人同士ではない。ただの『お供』として来ただけだ、効果云々については試す以前の話だ。
僕のこの一言を聞いて音子が一気にシュンとした。ツインテールの張りすら無くなったと錯覚するほどの落ち込みかただ。
「しんちゃん、私の事嫌いなんだ……」
「はぁ!? 嫌いとか好きとか次元が違うだろう」
「次元が違うほど嫌いなんだ……」
さらに俯いて今にも泣きそうな声で『嫌われてる』を連呼する。
一旦落ち着いた周りの視線が、音子の言動によって再び集まりだす。
これじゃまるっきり僕が悪者だ。
「嫌いじゃないから! 好きだから!」
イライラ+音子が泣き出すのではないかという焦りで少し声が大きくなってしまった。
さっきまで賑やかだった店内が一瞬にして静まり返った。
やべぇ。余計に注目浴びた……。もう帰りたい……。
少し恥ずかしい思いをした甲斐もあって、音子の落ち込みは瞬時に回復した。
パッと顔を上げて、『好き!? ホントに好きなのね!? 音子のこと大好き!?』と目をキラキラさせてきた。
ここで否定しては元の木阿弥。はいはいと適当にかわして状況をパフェの来た時点まで戻させた。
「効果云々はさておき、さっさと食わないと溶けるぞ。こんな大きいのそう簡単には食べ終わらないだろう」
どう見てもデカ盛り。音子の普段の食事量からいっても半分食えるか疑問の量だ。
「何言ってるの? しんちゃんも一緒に食べるのよ」
「今なんと?」
「はい、あーん」
聞き間違いか? と口をポカーン開けていたら、『あーん』と同時にパフェを口に突っ込まれた。
もちろん件のチョコレートと共に。
「おいしい?」
長いパフェ用スプーンを持ったまま頬杖をついてニコニコ顔でじっと見てくる。
こっちは予告もなしにいきなり突っ込まれたものだから、生クリームとアイスが半固形物とはいえびっくりして喉に詰まらせるところだった。
とは言うものの、噂になるだけあってアイスは口どけも良く滑らかで、ほんのりと香るバニラと濃厚なミルクが絶妙なバランスで配合されていて、甘くて濃いのにもうひと口食べたくなるものだった。
生クリームも然り、他のフルーツを邪魔しない甘さに仕上げてあり、主役はフルーツとアイスよと言わんばかりに控えめ存在に徹していた。かといって生クリームの盛りが少ないということでもなかった。
件のチョコレートはアーモンドが細かく砕いたものが入っていた。アイスのせいか甘さはさほど感じず、コーヒーとこれ単品だけでもいいなとちょっと思ってしまった。本当に『ビヤク』効果がないならば、の話。
「んん!? これ美味いな!」
見た目云々で小馬鹿にしてごめんなさいお店の人。僕が偏見でした。とっても美味しいです。そう心の中で謝った。
「でしょー」
だから連れて来たの、と僕に食べさせたスプーンでアイスと生クリームにチョコソースが掛かった部分を掬い取り、そのまま自分の口へと運んだ。
「んー、やっぱりここの部分が一番美味しい! このチョコソースが癖になる味なのー」
そう言いながらパクパクとチョコソースの部分を一人で食べ進める。
あ、間接キス……。と思ったその直後、音子のセリフに違和感を感じた。
だから連れて来た……? ここの部分が一番美味しい……? 癖になる味……?
「あのー、音子さん? 今日で何度目ですか?」
「えー、そんなに来てないわよ? 五回目くらい?」
「ふーん、五回目、ねぇ……」
食べるのに夢中で一緒に来ていたのが僕だったことを忘れていたっぽい。
パフェから顔をあげて僕を見て、小さく『あっ』と声をあげて苦笑したのが何よりの証拠だ。
「えへへ……」
「……そこのチョコソース部分、残りは僕の分ってことで」
まだ使われずに置いてあったスプーンを取り上げ、チョコソースの部分だけ僕の元へと寄せる。
音子は『あー!!』と抗議したが、冷ややかに見つめたら瞬時に黙った。
「ほら、さっさと食べちまおう。どんどん溶けてきてるよ」
そう音子を促して僕もパフェに取り掛かり始めた。
何故音子の嘘を問いただそうとしなかったか。
勿論ここでまたぐだぐだと話し始めてパフェが溶けてしまうのを避ける為もあったが、これ以上音子の茶番に付き合うのに今日は疲れてしまったというのが正解。
この店の雰囲気(カップルいっぱい)に精神的にやられてたのもあったんだろうな、だから余計に疲れてしまっていたのだ。
『えへへ』の段階で帰れば良かったのかもしれないが、パフェをこのままにして帰るのは申し訳ないし(もう少し食べたかったし)、きっと音子のことだから割り勘もしくは僕に奢らせる目的が少なからずあるのも分かっていたから帰らなかった。
案の定、お会計になって音子はお財布を握りしめて『あのぉ』って上目遣いで言ってきた。
それなりに音子は悪い事した自覚はあったのだろう。やはり奢って貰う気でいたらしく財布の中身が足りなかった。『半分出して』ではなく、『足りない分貸して』と小声で告げた。
騙されたとはいえ美味しいものを食べさせてもらったのだから、僕は貸さずに割り勘ってことで半分は出してやった。
そしてほぼ無言に近い状態で家まで帰ってきた。
漸く一人になって落ち着いて、少し考えることが出来た。
音子の嘘までついて僕をカップル限定のカフェに連れ込んで、何を企んでいたのか。
奢って欲しいだけなら普段の音子だったらストレートに言ってくる。遠慮もくそもなく、上から目線で。
それを二の次にして、パフェに添えられたメッセージを隠してまで食べさせようとした意図。
「もっと仲良く……? ラブラブ……」
あんまり考えたくも想像もしたくもないが、まさか音子は僕に気がある、とか?
ありえなくもない話ではあるが、そんな素振り見た事ない。
いや、気付かなかっただけか?
高校受験については単にバラバラになりたくないだけで無理を押して受験していたと思ってた。
毎朝起こしにくるのだって、小学校からの習慣というか僕の親からのお願いというか、そんなものだと思っていた。
そうなるとかのんは?
あいつも僕と同じ高校を受験し、毎朝委員会等の用がない限り起こしに来て一緒に登校している。
「いやいやいや、まさかそんなゲームとか小説じゃああるまいし」
僕に限ってそんなハーレム的イベントが起きる訳がない。二人と違って容姿も普通、学力も普通のどこにでもいるモブの見本のような僕なんだから。
それにチョコレートの件だって、『ビヤク』なんてものはあくまでお店側のキャッチなだけであって本当に入ってる訳ではなさそうだし。
諸説でカカオやアーモンドなどにそういった効果がもたらされるってのがあるらしいくらいで、本当がどうかは分からない。
仮にお店で本当に『ビヤク』を入れていたらかなりの問題だし、音子と一緒に来ていたという僕以外の四人は音子とラブラブになっていなければおかしい。
そんなラブラブな関係のやつなんて学校で音子のまわりにいなかった気はする。
「何の目的かさっぱり分からん」
あんだけ単純で顔に出やすい音子なのに、今回ばかりはお手上げだ。
いっそのこと直接聞いた方がすんなり答えが出るんじゃないかとまで思えたが、どう聞き出そうと思い巡らすうちに睡魔が襲ってきて、考えていた案ごと夢の中に消えて行ってしまったのは言うまでもない。
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